第38話 真実を知る事から逃げる人生 ●

「ちょと聞きたい事があります。」


「ん?何?」


休憩しながら缶コーヒーを啜っていると派遣の高田さんが話しかけてきた。

高田さん中国人だ。

でも今は日本人の旦那さんと結婚し日本国籍だ。国籍を手にした中国人は(中国人だけではないか。)名前のところまで日本風に変えられる。

だから彼女の名前は

「高田理恵」

本当の名前は誰も知らない。

なんとも不思議な感じだ。

まだまだ日本語も微妙な感じだけれど同い年なので時々話をする。

夜勤は留学生の孫君が、

日勤は高田さんが伝わらない言葉を日常的に研修生に伝えた。


「あなたは心凌と恋人ですか?」


「ぶー!!!」


思わず缶コーヒーを吐き出した。


「なんで?」


「彼女は良くない。結婚してる。子供もある。でも言わない。うそつき。」


「え……?」

しばらく空いた口が塞がらない。

一度は信じた筈なのに……。

頭の中にはまた

『しゅじん』

という文字が浮かんでくる。

やっぱり周仁しゅうじんではなくて主人なのか?



「あれ……そのーあなたは口からコーヒー……?が溢れてます。」


慌てて左の腕で口元を拭う。



「あの……嘘つき?ってどういう事?」



「やっぱり、心凌と恋人なんですか?」



「彼女だけどそれが何か?」

と言いたい気持ちは山々だが、

実際そんな関係ではない。

ただ時々ご飯を食べて、

それからちょっとだけ手を繋いで……。

ただそれだけの関係だもの。

だからやはりまだ2人の距離も関係も


「いや恋人ではないよ。」


本音を言えば……、

関係をハッキリさせたい気持ちもある。

けれどその反面ハッキリさせる事は

非常に勇気のいる事だったりもする。

だって……



「心凌、俺たち恋人同士だよね?」

とかそんな質問したらなんかおかしいし、

やはりnonsenseだ。

それに仮に……

仮にの話だがそんな事を聞いたとして、


「何言ってるんの?」


「あんた馬鹿?!」


「きもちワル……」


とかいう返事をされたら、

やっぱりショックを受けるし、

それに今までのようにご飯にも誘えないし、

デート気分を味わう事も出来なくなる。

曖昧な関係だとしても

この関係を終わらすのは少し……

さみしい……。

すごく寂しい気持ちになる。


結局ハッキリさせない理由は、

自分に自信が無くて

恐れているからでしかない。


そう思うと……、

僕の生き方はいつでもそうかも知れない。


無難にいく。

勝負はしない。

真実を見ようとしない。

嫌な出来事から目を逸らす。

無理な交渉が必要な事は、

最初から「出来るわけない」とあきらめて、

本音は腹の内に隠して、

沸々と不満を溜め込み、

それで……。

相手が悪いという結論をつけて……。

それでイジケテルんだ。


なんだか急に大喧嘩したあの日の事が

頭に思い浮かんだ……。


結局妻との信頼もこうして失っていったのかもしれないな……。

僕は思い込んで、

彼女はそんな僕を信用しなくなったんだ…。

出会った頃は可愛い声で話す彼女が好きで、

少し頼りなくて、

寂しがり屋で……

そこが愛おしく思って……。

そう考えるともっと彼女と本音でぶつかりあっていたら違っていたかもな……。



……ておいおい!

何でこんな事急に思い出したんだろうか?

笑えるな……。

僕が物思いにふけているあいだに、

高田さんはずっと喋り続けていた。

けれど僕の様子をみて、


「聞いてますか?」


と切り返してきた。


「あっごめん聞いてるよ。」



高田さんの話によると、

「彼女には夫も子どももいる」

と心凌と同居している研修生の『白英はくえい』から聞いた。

という内容だった。

心凌は毎日家の人と電話して、

毎日子供と話してるみたいだ。

それから心凌のスマホの壁紙の画像は、

可愛らしい男の子が写ってるらしい。

実際その画像は僕も見た事がある。

けれど心凌は隠す事なく僕に


「姉の子供」

と言っていた。


そもそも心凌と白英

とても仲が悪い。

最初は仲良くしていたが……


「今は良くない!」


と心凌が言っていた。


一度心凌と白英が休憩室で口論しているのをやめとけばいいのに、止めに入った事がある。なんせ中国人の女同士の口喧嘩はえげつない。その時に白英は僕にこう言った。


心凌こいつは掃除もしないし、食べたら食べっぱなし、だらしがない!いつも私が片付けてばかり!!」



ハハハ。どこかで聞いた事のある話だ。

まるで自分の事を言われてるみたい。


「わかった。わかったけれど、ここはみんなの休憩室だから。もうやめよう。」


それで白英は


「ふん!!」


外方そっぽ向いて離れていった。

心凌が言うには

「わたし悪いじゃない。片付けも掃除もあとでする。いつも白英が先にするだけ!!」


そう言ってやっぱり外方向いて離れていった。


どこかで聞いた事がある言い訳だ。

まるで自分が言ったみたい……。


つまりは白英は心凌を良く思っていない。

だから変な噂をたてているだけかも知れない……でもそれはやっぱり都合の良い想像かもしれない。


うーん……。

何が真実かわからなくなってきたな。

結局本人に真実を確かめた方が良いのだろうか?


「うーん。」


「じゃーそれでいいですね?」


「うん。」

……?

てそれ?て何がだ?


「えーと?もう一度言ってくれる?」


「私はあなたに、心凌なんかよりとても良い友だちを紹介したい。よければあなたの次の休みを教えてほしいデス。と言う話です。それでいつが休みですか?」


え??

なんかおかしな事になってきたぞ。


生返事、曖昧、適当、いい加減

全く僕ってやつは……。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る