第36話 刹那と儚き想い ●

真っ赤に照っていた夕焼け空が、

次第に闇に包まれていった。

けれども今日のこの町は闇夜を知らない。

ずらりと並んだ出店が夜の町に光を灯していた。


「わたしまつりにいきたい。」


まだ少し重たそうな瞼で僕の顔を見上げた。

思わずニコリと微笑みかけた。


「大丈夫か?」


「うん。ねた。すこし。まつり。みたい。」


「行くか?」


今度は大きく目を見開いて笑顔で大きく頷い

た。心凌が先に立ち上がって僕に手を伸ばした。その手をとってそのまま握った。

そして賑やかな方へと歩いて行った。


ポテト 唐揚げ たこ焼きに、焼きそば。

僕は今度は見栄を張って500円のビールを買った。心凌にも進めたけれど、


「好きじゃない。」

と言ったのでポテトを買ってあげた。


「これはなに?」


彼女が指差したのは真っ赤なりんご飴だった。


「うん?りんご飴だよ。」


それを欲しいに言い出せない子供のような目で見つめている。だから僕は何も聞かずに黙って買ってそれを彼女に差し出した。


「ありがとう。とてもきれい。」


「そうだね。」


「わたしは、りんご?とてもすき。毎日りんご食べるもいい。」


そうしてスマホを取り出してりんご飴の写真をとる。それから僕にスマホを渡して


「映して」


と頼んできた。

考えてみればこれが自分が映り込まない一番いい方法かもしれない。

写真を何枚かと動画を少し撮ってあげた。

それを出来栄えを確認して、

もう一度撮って欲しいと頼まれた。

心凌も喜んでいたし、僕もこんな何でもない事が楽しかった。

ところが動画を撮っている最中に、

突然スマホがなりだした。


着信……?かな?

画像が切り替わってて

知らない男と心凌が写ってている画像

そして日本語ひらがなで

「しゅじん」

と書かれていた。

え?

どういう事?

しゅじん、て誰?

もしかして主人て事か?

もしそうだとしたら結婚してるということ?

ん?ん?ん?うーん?


困惑していると突然スマホをとりあげられた。そして着信をとってワンギリ。

そのまま僕の顔を見て、


「へへへへ……。」


引きった苦笑い…。


「心凌結婚してるの?」


「しらない」


いや知らないじゃないでしょう。


「結婚だよ。結婚」


「わからなーい?」


誤魔化してるのか?

それとも本当にわからないのか?

僕にはそれがわからない!!

という感じだ。


「心凌。僕は…。私はあなたが結婚しているのか、それを知りたい。」


なるべくハキハキと彼女が理解できるように日本語で話した。

それでも彼女は黙ってスマホを眺めていた。


しばらく沈黙が続いた。

その沈黙は僕にとって、

いやきっと心凌にとっても耐え難い時間だったかもしれない。

たまらずに無駄に歩き始める。

その後ろを心凌は黙ってついてくる。

なんとなく祭りの雰囲気がうとましく思い

静かな場所を求めて当てもなく歩く。

歩きながら冷静に今の状況を考えてみる。

うーん……。


よくよく考えれば僕が勝手に彼女を気に入って、ご飯に誘っているだけじゃないか。

好きとか、嫌いとか、愛してるとか、

付き合ってください!とか何一つ伝えていないのに……。実は結婚してました(まだ確定ではないけど)とかいう事がわかって、

何故不快に思うのだろうか?

自分て結構勝手な人だな。


「心凌。」


「はい?!」


突然呼ばれて目を丸くして驚いている。



「你好可爱 我喜欢你 私はあなたの事をそう思ってる。」



そういうと小さな声で話し始めた


「しゅじんとは結婚、してるじゃない…。」



「じゃあ何?ともだち?」


とどう考えてもありえない、

自分勝手な結論と結びつけてみる。


「ともだち?うーん……。ちがう。

わたし日本に来ました。日本にきたらみんなでニホンゴの学校に1ヶ月ベンキョします。

シュジンというのはその時にあった男です。」



「今は?近くに住んでるの?」


「いえ。ベンキョが終わると、わたしたちはここの工場に、シュジンはチバケン?の工場へ行きました。それから時々デンワで、話しました……。

わたしはもう好きじゃない。だからデンワいらない。話しない。」


「そう…。それは彼に伝えたの?」


「ん?どういう意味かわからない。」


「あれ?ひょっとしてシュジンて……名前?」


「はい。周仁しゅーじんは名前です。えーと…」


そう言ってスマホで翻訳してそれを僕に見せた。


「元カレ」


ハハハっそれを見て勢いづいて聞いてみる。


「心凌は僕の事は好き?」



「しらない!!」


そう言って顔を横にプイッとした。

返事はそれだけで十分だった。

そのまま心凌に手を差し伸べた。

彼女もその手を受け入れた。

それで遠くに聞こえる雑踏から更に遠のき、

静かな場所を探した。

小さな小さな川縁かわべりの赤い橋桁はしげたの上で立ち止まった。

何かが目の前を飛び去った。

暗闇の中に目を凝らすと緩い光が確かに揺らいでいた。


「あっ。」

と光を指差した。その光は何故か僕の指へ向かってきて手に落ちた……。

蛍?


「もう6月も終わりなのにな……。」


蛍は通常5月の終わり頃から6月の前半にかけて飛び交う。光を放つのは求婚の舞だ。

その光でメスを呼び寄せる。


その儚くも刹那に生きる時間を添い遂げる

伴侶を見つける為に光に託すのだろう。


そう思うと人間の一生なんて長いだけだ。

その人生をどう生きるかは

長い長い時間をかけて

良いようにも

あるいは悪いようにも

無駄に生きなければならないのだろう。

その無駄は煩わしくも

生きるという事の意味を

考える為には必要な時間なのかもしれない。


「なんか寂しいな。」


「ん?サミシイですか?」


心凌の手を少し強引に引き寄せて強く抱きしめた。彼女は嫌がる様子もなくそれを受け入れた。しばらくその体の温もりを感じてそれから体の力を抜いて彼女の顔を眺めた。

どれくらい見つめ合っただろうか?

そのまま自然と唇を近づけた。


「だめ!」


そう言って僕の優しい束縛を押し退けて、

再び祭りの賑やかした音の方へと歩きはじめた。けれども僕は残念な様でホッとした。


自分の芯の部分では

わかっていたのだとおもう。

どこかで超えてはならない

境界線が……。

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