第35話 聞かない方がいい事 ○
6月だというのに空には雲一つない。
日差しはこれから夏に向かって強くなるのだろうが、まだ実力の半分も出していないという余裕すら感じた。
どこまでも続く青い空に波打つ海岸線、
群青色のメタリックのかかった
レガシーで走り抜ける。
私の中での理想的なドライブ。
声が聞き取れないくらいの音量で流れる、
髭男の曲で鼻歌なんか奏でる。
いつもならば緊張して胃が痛くなりそうなものだけれども、宮本の自然な扱いにどこか安心しているのかもしれない。
「ベンフォールズファイブって知ってます?しらないか?」
「え?!知ってますよ。中学の時先輩からカセット借りてダビングしましたもん。私もピアノの入ってる曲好きだから。私こう見えてピアノは弾くのも上手だったんですよ。合唱コンクールとかいつも弾いてましたから。」
「へーすごいなー。」
なんなりと話題がつきなかった。
社員とパートという接しかたから、
同じ目線の語り口調に変わっていったけれど、
全く違和感など感じなかった。
車は海岸線の近くの古い雑居ビルの駐車場に入った。どうやらカフェはこの建物にあるみたいだ。しかしどう見てもお洒落なカフェがある様には思えない……。
外階段を上がって行くとようやく可愛らしい扉がみえてきた。
その奥には大きな窓が広がり窓の区切りごとに2人掛けのカウンターテーブルが並んでいた。全部で3区切り。
外観からは想像できない内装には唖然としていると、宮本が髪の長い女性店員名前をつげた。どうやら予約していたようだ。部屋の奥のカーテンが少しだけ開かれ個室風の窓カウンター席へと案内された。
それがまた特別な感じがして心を躍らせた。
私は前菜の盛り合わせとベーコンと夏野菜のトマトソースパスタ、それにコーヒーのついたセットを頼み、彼は煮込みハンバーグにバケットとサラダそれからコーヒー着いたセットを頼んだ。
窓の外には水平線が広がっていて、
ただ静かに青く広い海のように時は流れて行った。職場とは違って彼は多弁で、音楽の趣味から、学生時代はスキーに明け暮れた事や、車へのこだわりなど……。
今まで経験した様々な出来事を話した。
にも、関わらず恋愛事情や自分の奥さんの事は、何一つ口にしなかった。
うーん……。
聞かない方がいいのかな?
でも聞かないとなんかこう……、
陰でこそこそとしてるみたいで、
フェアじゃ無いと思ってしまう。
心の中のモヤモヤを、スッキリさせずにいられないのが私の性分だから……。
「宮本さんの奥さんはどんな方なんですか?」
と思い切って聞いてみた。
するとあからさまに嫌そうな顔をしたあと、
「うーん。普通の人ですよ。」
「お子さまおられるでしたかっけ?」
「……。やめましょうこの話は。」
「なんでですか?」
「……。子供は一人男の子です。妻は……まぁ一応パートはしてるけれど、それは自分の小遣いを確保する為です。」
「それだけですか?」
「今はあなたと食事を楽しみたい。」
「はぁ。」
「それには
個人情報とは思いましたが……。
つまり何が言いたいか?というと……。
あなたは今、私との食事の最中に別れた旦那の話をしたいと思われますか?」
的確な指摘はまるで仕事のダメ出しをされているように感じた。
「そうですね。話したくはないです。」
「それなら敢えてその話題を持ってくる必要はないと思うのです。」
わたしは頷くしかなかった。
「まぁこんな話しになったので、この際だから話してもいいですけどね……。
妻は……今はただの同志のようなものです。
いやもしかしたらそれ以下かもしれない。
僕が仕事から帰ると、だいたいいつもリビングに寝転んでオヤツを食べながらこう言うんです。
『ご飯なんにするの?冷凍庫のカツでもあげたらどう?』
会社では主任でも家ではこの扱いですよ笑えるでしょう?
それでも僕が同志という言葉を選んだのは、子供がいるからですよ。どうしたって学校の事は僕には見切れない。これが本心です。」
「でも……。」
「わかりますよ。子供の為なら…とかいうのも。最善の方法も考えなかった訳でも無い……。これくらいでいいですかね?」
「いいも何も……。なんか聞かない方が良かったですよね。怒ってますか?」
なんとなく気まずくなって、目を合わせられずに顔色を伺ってみた。すると無表情に語っていた事をなかった事のように笑顔で答えた。
「怒ってないですよ。でも僕だって男ですから気に入った女性と食事くらいしてもいいでしょう?」
「はい。」
何か悪い事をして叱られたけれど、
許されたような気持ちに
それが自分を認めてもらえた様な感覚にも類似していて……。
それに彼はハッキリと言った。
私の事を気に入っている女性と……。
だから……
いけないことだとわかっていても
今すぐ抱きしめてほしい
と思ってしまった。
すると私の気持ちが漏れてしまったのか、
彼は席を立ちあがり、
後ろから座っている私を優しく抱きしめた。
彼の手が少し胸に触れて、耳元にかかる優しい吐息が性的衝動を刺激した。
顔から火が出るほど恥ずかしくて、
そして気持ちがよかった……。
ピンポーン!!
突然スマホが音をたてた。
LINE?無視しようか……。
ところが、ピンポーン、ピンポーン、
連続して鳴り響く、最終的には着信してる音楽が流れる……。
「ごめんなさい。」
「いや、いいですよ。」
彼は静かに私の側から放れていった。
母からだった。
「なに?うん……。え!!」
「大丈夫ですか?」
「息子がジャングルジムから落ちて……。」
時々母親である事が嫌になる。
いったい
あの人は私から離れて、
子供からも離れたのに……。
私が女でいられる時間は少ない。
宮本に会社まで送ってもらい急いで病院へ向かった。
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