第33話 生き方 ○
炊飯器がご飯の炊けた軽快なリズムを奏でた。蓋を開けてフリカケを混ぜ込み少し冷まして、後でおにぎりを握る。
卵をボールに割り入れて菜箸で綺麗にといた。四角いフライパンを温めている間に、ピーマンと人参を金平にするために細切りした。それから昨日の残りのハンバーグをレンジで温めた。土曜日だというのに、早起きして子供たちの昼ご飯を弁当箱につめた。
それからお茶だ。暑い季節だ。出掛けている間に熱中症でも起こしたら大変だ。
母に全て頼るわけにはいかない。
そのあと洗濯機を回して4人分の朝ご飯を作り自分たちで食べる様に長男に伝えて、自分はお化粧をする。いつもなら家事に追われる事に辛い気持ちになるけれど、今日はそれほど憂鬱ではないのは宮本とご飯を食べに行くからだろうか……。
何を食べようか?
もしかしたらどこか食事をするところを考えてくれてるのだろうか?
いずれにしても初めて恋人ができた時のようなワクワク感は
そう思うとなんかいつもよりもお化粧に気合いを入れすぎて、目元のグラデーションと鼻の辺りの陰影が極端に思えた……。
それで鏡の前の自分に
「気合い入れすぎだぞ!!大丈夫か?私は?ふふふっ。」
と語りかけてみた。
ただ一緒にご飯を食べに行くだけで
まるで少女のようなトキメキを感じているという現実。そう思ったらなんかおかしくなってきて笑えてきた。
「どうしたのお母さん?」
と息子に言われて、
「なんでもないよ!」
と頬を赤らめた。
それにも関わらず、職場につくと自分でもびっくりするくらい冷静に、任せられた仕事と向き合い、何がわかっていてどこが理解し難いのかを、分析してそれを宮本に明確にプレゼンした。それがまた思いの外に上手くまとまって、何かこう……仕事ができる女のような……そんな気分にさせた。
「ふんふん。わかりました。では新しく送られてくるカードに、このデーターを入力していけばいいのですね。それでこのいくつかのデータを紐付けして……、それで一つファイルにまとめておきましょうか?」
といいながら、
男性のわりには細くて長い綺麗な指先でまるでピアノでも弾くかのようにキーボードを操作した。
その無駄のない動きが美しく感じてつい見入ってしまった……。
「わかりますか?」
「……あっはい。」
「ちょっと大変ですけど、このデータさえ一つにまとめておけば何とかなりそうですね。また手伝いますよ。さてとお昼でも食べに行きましょうか?」
「宮本さんは自分の仕事はもう終わったんですか?」
「あー。それねー。本当は人事部の会議の資料作るつもりしてたんですけどね、会議自体が延期になったのでやめました。」
「え?じゃー…。」
「まぁいいじゃないですか。行きましょうご飯。少し離れたところですけど美味しいカフェがあるんですよ。」
そのまま駐車場に向かい、
スバルのステーションワゴンの前で
「僕の車で行きましょう。その方が効率がよいしね。」
とまるで最初から決まっていたかのように、助手席の扉を開いたので、迷う事無く乗り込んでしまった。
吉川の情報では結婚してる、と言っていたが
レガシーの中は全くと言っていいほど生活臭がしなかった。無駄なものは一切なく、ラグジュアリーな作りの内装が私の気分を高揚させた。静かなジャズピアノがスピーカーからながら始めたと思うと、タッチパネルをさわって音楽を切り替えた。
「髭男ですか?」
「そう。僕はね、ピアノが好きなんですよ。嫌ですか?」
「いや、意外だなーと思って。若い人の曲も聞くんですね。私もわりと好きですけど。」
「やだなー、あなたも僕も若いじゃないですか。」
そう言ってニコリと笑ってエンジンをかけた。それでまたドキっとしてしまった。
私の思い描く男性像。
理性的で紳士的で、
それでいて優しくて、
生活に余裕がある。
逆かな?
生活に余裕があるから
人に優しくできるのかな?
私の知らない世界。
私とは違う生き方。
心奪われるトキメキ。
紳士的態度に憧れ。
けれども人のご主人と2人でご飯。食べに行くという罪悪感……。
生き方というのはどこでどう決まるののだろうか?
私の生き方は……。
生真面目……
誠実……
真っ直ぐ……
人として間違った生き方なんてしてないと思うけれど、いったいどこで、何をまちがえたのだろうか?それとも私の考え方がおかしいのだろうか?
「どうしたんですか?難しい顔して?今から行くところはね、コーヒーがすごく美味しいんですよ。少し街から離れますからね、穴場なんですよ。だから他の人には内緒ですよ。」
考えてもわからないけれど、
今はただ時の流れに身を任せて、
なるようになりたい。
人として踏み外さない程度に……。
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