第32話 海の向こう ●
古い街並みを抜けてつきあたりを左折した。暮れかけた西日が眩しくて運転しながら思わず目を細めた。
心凌はずっと運転席ではない方の窓から外の風景を眺めている。
程なくして窓も開けていないのに、
外気を取り込んだエアコンから
潮の香りがしてきて目の前に海が見えた。
この街にずっと住んでる僕にとっては当たり前の光景なのだが、先程まで無表情で外を眺めていた彼女の頬が
こんな夕方ということもあって、
いつもいっぱいの無料の駐車場も難なく入る事ができた。当然僕の運転技術では一度ですんなりと枠の中に入りはしなかったが……。
「うーんー…!」
と心凌が伸びをしながらから声をあげた。
「目が痛いですねー。」
「ハハ。眩しいって事?」
「そう!!まぶしい。」
なんでもない事なのに、二人とも微笑んだ。
それから心凌は海に向かって歩き始めた。
彼女の白くて安っぽいサンダルはあっという間に砂浜の砂で
それでも関係なしと波打ち際で波と
寄せては返すその波に当たらないように、
まるで子供のようにはしゃぎだす。
「海が好きなの?」
「わたしはウミ?に来たことがありません。」
「え?本当に?」
「はい。中国はとても大きい。わたしの家はとても寒いところです。あるは山だけ。ウミない。」
「そうなんだ。」
そう言いながらカバンからスマホを取り出し、Googleマップ?であろう画像で中国らしき地図のロシア寄りの場所を指さした。
「へぇー。」
「わたしの父は農業?やさいたくさん作ります。母も姉もその夫もそれを手伝います。」
「それなのに野菜が好きじゃないんだ。」
そしたら急にふくれっつらになって。
「やさいは美味しいじゃない。」
と言い放った。それを見て笑いながら
「ごめんごめん」
と謝った。なんだかまるでもう恋人同士のような気分になってすごく気持ちが良かった。
それでなんとなく自分が心凌に抱いている気持ちに気がついた。
そっか……そうなんだ……。
僕はきっと彼女とキスがしたいとか、
抱きたいとか、性的な欲求を満たしたいわけでは無かった。
ただ単純になんでもない話をして、
時々お互いを冗談混じりでつつき合って、
それで、笑いあえたらそれでよかったんだ。
「この海の先は中国と繋がっているんだよ。今から二人で泳いで中国までいこうか?」
と冗談で泳ぐ手振りをしながら言ったら、
何故かまたふくれっつらで
「むり」
と言ったから
「なんで?」
と聞いたら……。
「わたし✖︎✖︎✖︎から。」
「え?なんて、言ったの?」
「わたし泳ぐも出来ない!!」
真剣な顔で恥ずかしそうに言うから、
思わず大笑いしてしまった。
それを見て
「フン」
てしたら……波打ち際でよろけて転びそうになったので思わず手を伸ばした。
彼女の手をガッチリ握ってこちらに寄せた。
「じーじーじーじー」
と遠くの方で蝉が鳴き
「サワサワサワー、ザー」
と波が寄せて返した。
今まであまり感じなかったのに、
自然の音だけがやたらと耳に残った。
それから恥ずかしそうに、
手を払って。
スマホで海の写真を撮りはじめた。
それから自分が映るように遠くからスマホをかざして写真をとりだしたので、
映り込まない様に少し離れたところへと歩いて行った。
しばらく歩くとコンビニがあったので、
僕はアイスコーヒーを購入して彼女にも
「コーヒー飲む?」
て聞いてみた。
「いらない!!」
「好きじゃないか?」
ふふっと笑ってそれから、そそくさとアイスの棚からチョコレートのついたアイスクリームも持ってきた。
「またアイス食べるの?」
コクリと頷いた。
それでアイスを買ってあげた。
外で二人でアイスとコーヒーを飲みながら、
しばらく無言で二人ともスマホをさわっていた。彼女は今日撮った写真を編集しているようだった。僕は何を調べるでもなく、なんとなく暇つぶしにYahooを開いていた……。
「かえるか?」
と聞いた。
「はい。」
と彼女が言った。
帰りも車の中ではほとんど会話はなかった。彼女は車窓の景色を眺め、僕はただ車を運転した。前の車との車間距離を気にしながら、つい考えてしまう。彼女とはどんなに仲良くなったとしても秋には研修を終え、海の向こうへ帰ってしまうのだ。
そう思うと今日の楽しみが……と年甲斐もなく、センチメンタルな気持ちにさせた……。
「また明日ね。」
「
それでも今は彼女と過ごすこの時間を大切にしたいと思うのだ。
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