第31話 真意 ○
「おーい。お茶入れてくれ。」
と課長の黒田がパソコンとにらめっこしながら額の汗をハンカチで拭いながら言った。
それに対して吉川が
「はーい。」
と愛想よく返事をした後に
「お茶……みたいですよ。」
と小声で私に押し付ける。
「あっわかりました。」
吉川は良い人だけど自分のしたくない事は上手に避ける。今は伝票の整理で手が回らない……。というアピールをしてる。
彼女が実際に一人で処理する量は多い。
必然的にそもそも出来る事の少ないわたしがやる羽目に……。
そして社会というのは今だに男尊女卑が一部まかり通る。お茶は女が淹れるものなのだ。
「はい。お茶です。」
「おーサンキューサンキュー。
産休とるのは女だけってな…なっ?!」
なっ?!…じゃないだろ。
あいかわずハラスメントな男だ。
まぁ聞き流すのも慣れてきた。
これも社会というやつなのか。
家事育児の生活しているだけでは
こんな人とは関わらない。そういう意味では社会に出るとメンタルも強くなっていく。
まぁもちろん無いに、越した事はないが…。
「あのさ。」
「はい?」
「なんか上から通知きててさ、社員証を全員分作り直すんだと。ほんでそれあんたに任せるわ。」
「え?わたしがですか?」
「そう、わたしがだよ。他に誰かいるの?今俺の目の前にいるのは、あなただけですよー。」
「いやでも、やり方とかわからないですよ。」
「ハハ。そりゃそうだわな。俺も知らないよ。」
「え?」
「いや、え?じゃなくてさ……。
ほらこれプリントアウトしておくし、
分からない事はここに電話してって。」
そういうと通知の案内の紙切れ一枚渡された。
いや……なんで私が?
他の社員さんいっぱいいるのに、
なんだったら私パートなんですけどね。
なぜパートのわたしがこの工場に勤める全社員の社員証を作らないといけないのだ?
などと文句を言ってもしかたがないので、
とりあえず吉川に相談してみた。
「あー私そういうの苦手……。今ある仕事で手一杯だし宮本さんにでも聞いてみたら?」
「はー……。わかりました。」
とはいえすぐに宮本に頼るのも……と思って
とりあえず書かれていた本社の総務に電話してみる。
実際あの飲み会以来、宮本とどう接していいかわからないでいた。避けているわけではないと思うけれど、わりと外回りの営業さんと話している時が多く、なんとなく聞きづらいのもあった。
一通り説明を聞いてそれから自分なりにまとめてみた。そこで終業のチャイムが鳴り出す。
「おつかれさーん」
自分はもう関係なしとばかりに課長がそそくさと、帰って行った。
「へんな仕事押し付けられて大変ね。」
と帰り支度を始めて吉川も席を立った。
別に今すぐやらなければならないわけでもなく、今日はもう帰っていいのだけど、やりかけてしまった以上納得の行くところまではしてしまいたい。少し帰りが遅くなる事を母にメールで知らせて、謝りながら今日の晩御飯はお願い事することにした。
「なんです?それ?」
振り返ると宮本がいた。
「あっ宮本さん。」
「はーはー。なるほどね。ちょっと一緒に見てあげますよ。」
「え?そんな。」
とか言いながら、本当はすごく嬉しかった。
どんどんみんな帰って行くし、なんか取り残されているみたい。
小学校で給食を食べるのが遅かったわたしはいつも一人取り残されて、みんなが昼休みを楽しむ間も一人で食べていた。すごく焦るし、すごく寂しい。なんかそういう気分だった。
「まぁまぁ少しだけお付き合いしますよ。」
「ありがとうございます。」
隣に椅子をつけて近い距離で一つのパソコンに向かう。今日もあの日と同じ匂いがして、
隣に座っているだけで気持ちが良くなった。
日の長い季節で、まだ暗くはないけれど気がつけば事務所では宮本と、二人だけだった。
「二人っきりになっちゃいましたね。」
「え?」
と彼の顔を見たら ニッ 白い綺麗な歯を見せた。そうかと思うとパソコンに打ち込むデータの事を丁寧に説明してくる。
冗談なのか?
なんなのか?
甘い?言葉をかけられる
と少し恥ずかしくなる。
このは人の真意が全くわからない。
曖昧が苦手な私は、いつだって人の真意が知りたい。冗談なのか?本気で少し口説いているのか?
「どっちなの?」
って本当は聞きたいけれど、聞けるわけもない。けれども困った事に、こんな事を考えている時点で、私自身は宮本の事が気になっているのは、間違えなさそうだ……。
「今日はこの辺にしましょうか?」
「はい。ありがとうございます。また教えてもらえますか?」
「もちろん。明後日の土曜日、僕午前中だけ仕事に来るんだけどもし良かったら、来ますか?そうしたら誰にも邪魔されないし。」
え?どういうこと?邪魔されないって?
「その方が教えやすいし、仕事も
「はい。」
なんかご飯に誘われてしまった……。
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