第29話 曖昧なのは苦手 ○

腕の中の温もりは不安な気持ちを落ち着かせた。自分の頬の後ろから少し汗ばんだ匂いとビールの香りがした。

おそらく短い時間だったのだろうけれど、

私にはとても長く感じた。


それから腕の力を弱め、私からゆっくりと離れた。そしてやはり抱きしめられた時のように何事もなかったように話をはじめた。


「すいませんね。課長は口が悪いと先に伝えておくべきでした。気がついた時には遅かった。」


「……。」


「戻れます?あまり2人とも席を離れると、おかしな噂がたちますから。」


「はい。」


同情?

優しさ?

それとも感情的なものなの?

過ぎ去った嵐のような出来事をいったい

どう捉えて良いのか?

困惑しかなかった……。

私は曖昧にされるのがとても苦手だ。

白なのか?

黒なのか?

モヤモヤとした気持ちの不透明な感触が、

心地よくも気持ちが悪かった。

ただ少し心が救われたのは確かだ。



宴会の席には時間差で戻る事にした。

まず宮本が戻って、それから私が席に戻った。1時間ほど席を外してしまったが、誰も気に留めてる様子など無……


「ちょっとどこに行ってたの?大丈夫?」


と思っていたら吉川が真顔で近づいてきた。


「うん。呑めないのに無理に呑んだら気分悪くなってきて。それで夜風にあたっていたの。ごめんなさい。」


「いいよ。無理しないでね。ちょっと心配だっただけ。でもウケたわ!課長に口臭いとかいうから!!一瞬空気凍ったよね。私も冷や汗でた!!」


「へへ。」

と、思わず笑ってしまった。


それから吉川と少し話こんだ。

少しだけお酒をのんで。


世の中にはいろんな人がいる。

私は人(特に同性)が苦手な分、

その人がどんな人かを観察する癖がある。


私が最も苦手とするのは

(いやむしろ嫌いなのは、と言った方が正確かもしれないが……。)

上司(異性)や、気に入った男に取り入るのが上手な人。いわゆるといわれるひとだ。

誰に媚びたら良いのか?

それを良く知っている。

だから自分に得のない人間には近寄らない。

興味もないし、

相手にもしない。

結局自分本意なだけ。

自分が1番可愛いのだ。


吉川はそれとは少し違うようだ。


彼女は意外にも(とか言ったら失礼かしら?)結婚しているようだ。

娘も2人いる。

料理はあまりしない。

でも洗濯は好き。

掃除は旦那の仕事。

ブランド好き。

ずっと同じ会社で働き、

あまり人の目を気にしない。

嫌な事はなるべく避ける。

でも自分の仕事と思ったらしっかりとやり遂げる。

まぁ言ってみれば直感型な人だ。

別に区別してるわけでもない。

誰でも受け入れる間口をもつ。

でも嫌いな物はきらい。

それでも付き合いならば愛想笑いもする。

時々影で悪口をいう。

だから《あざとい》ではないのだ。

なんて理想的な人なんだろう。


私は……。

わたしはどうだろう。

人が苦手、

誰とでも付き合えない。

正義感は強い方?

だからいい加減な事は許せない。

それゆえに人の悪いところばかりがとても目につく……。

だから人が苦手、

それでやっぱり誰でも受け入れる間口などない。新しい事をするのはとても勇気がいる。

出来るだけ通勤路は同じ道。

なんだったら買い物行くの道も同じ道。



保身型。

いや保身なのかな?


とにかく吉川みたいなひとがうらやましい。


どうしたらこんな生き方ができるのだろうか?


「そういえばさっき宮本さんも居なくなったってみんな言ってたけど、あそこで飲んでるじゃん!」


「へへ。」

ちょっと気恥ずかしくて愛想笑いした。


「もしかして2人で逢引きしてたりして!!」



「まっまさか!!そんなわけないでしょ!」



「やだー!そんな真っ赤な顔して本気で怒らないでよ。冗談だって!」


真っ赤なのは怒ってるんじゃなくて恥ずかしいから……。

すぐに顔にでるのも困ったものだ……。

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