第28話 こんなはずじゃなかったけど……。●
「わたし今晩ではなくて、ご飯はあしたのお昼がいいです。」
と帰宅するとすぐに中国ラインが入った。
難しい中国風日本語だけど、まぁ要は夜じゃなくて昼のが良いと言う事だろう。
夜勤明けなので、昨晩伝えた明日の夜は実際には仕事が明けた朝つまりは今日の晩だ。
まぁ女性にしてみれば異性からご飯に誘われたら昼の方が安心なのだろう。
でもそんな事はどうでもよかった。
僕にしてみれば、一緒にご飯を食べに行くというだけで、とりあえずの目的は果たせるのだから。
「明日のお昼ね。OK。」
と打ち込み変換というボタンを押した。
それで中国に翻訳された文面をそのまま送信した……。
けれどもはたして本当にちゃんと翻訳できているのだろうか?
おかしな翻訳されていないだろうか?
一抹の不安を感じながらも返信を待つ。
「オッケー。わたし何時?何処?あなた待つ?」
「11時に24時間スーパーに来れる?」
「オッケー。11時、24時間スーパー行きます。」
「待ってます。」
最初から手紙なんて渡さずにスマホで翻訳して誘うという方法もあったが、なんとなく機械に頼りすぎるのは嫌だった。
だからこそわざわざ中国語の本を手にしたのだけど……。
正直なところ、この世にスマートフォンという媒体がなければ、この誘いは成立しないだろうし、誘うのも難しかったのは事実だ。
もしかしたら誘うなんていう発想もしなかったかもしれない……。
「あなたはクルマあるか?」
「ないよ。なんで?」
「わたしヤキニクたべたい。
食べ放題の、お店ある。でもあるくは、少しむずかしい。
クルマはカンタン。」
えーとつまり美味しい焼き肉屋さんがあるけれど、歩いて行くのは少し遠いから車を出してほしいとそんな感じかな。
どこにある、なんて名前の焼き肉屋さんだろうか?
「お店の名前はわかるかな?」
格安ランチ焼肉店の写真が送られてくる。
なるほど二駅先の駅だ。
しかも駅からさらに30分くらい歩く。これは電車でも難しいな。まぁーせっかく行きたいって言ってるわけだし……。
「わかった。車借りる。」
レンタカーでも借りようか。
まぁ出費は大きいけど、半日くらいならなんとか借りれる。
「?借りるか?だいじょうぶか?」
「なんとかする。」
なんとかする……。は翻訳できなかった。
細かいニュアンスの表現はなかなか理解されにくい。なのでもう一度、
「大丈夫。」
と送った。
「オッケー(^_^)」
おー絵文字がついた。
絵文字は世界共通言語だね。
「ではまた明日ね。」
「バイバイ」
「バイバイ」
あーなんだかんだで緊張したけど、
とりあえずなんとか約束できた。
それから急いで格安レンタカーの空きを検索した。わりと近くで借りる事ができそうだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
朝から太陽が照りつけ、青い空が広がっていた。昨晩は、相変わらずの安酒とつまみのキムチと枝豆をつついて早々寝床についた。
早い時間から浴槽に水を溜めて風呂を沸かし、いつもより念入りに髭を剃った。
念入りにしすぎて、少しカミソリ負けして肌からじんわりと血が滲んだ。
「かっこ悪」
と独り言。自分で自分の機嫌が良いのを感じて思わず苦笑い。
段取りよく支度をして早々家をでた。
小さなダイハツの軽自動車を半日借りるのが、目一杯だった。そこはかっこつけるも何もない。なんせそんなにお金もない。
それから待ち合わせ場所の24時間営業のスーパーに向かった。それもデート?の待ち合わせとしては色気も何も無い……。
でも心凌と僕とが共通で知っている場所といえばそこしかないのだから仕方がない。
まさか会社で待ち合わせはできないし…。
早めに出たつもりだったけれど、
着いたのは5分前だった。そもそもあまり運転が得意な方ではないが、駐車するのに少し時間がかかってしまった。
中国ラインを入れようとスマホを取り出したところで窓ガラスをノックされた。
黒いパンツに白の少しガラの入ったTシャツ姿の心凌がそこに立っていた。それから……、
うーん……。
パワーウィンドをスライドさせて、
「
と覚えたての中国語であいさつをした。
少し微笑みながら
「
と彼女も言った。
「それで……」
隣にいるのはたしか……。
「おはようゴザイマス。」
「わたし、彼女に、話して……。それで
彼女もヤキニクいきたい……と言いました。」
「あーなるほど……。」
「それから、
「ハハハ……。」
乾いた笑いがでたところで……。
『まぁそんなもんさ!』
と自分を納得させた。
「わかった。劉偉はどこにいるの?」
「いいですか?」
「いいよ。」
「よかた。わたし劉偉のイエおしえます。」
そう言って心凌が助手席に乗り込み、
李静は後部座席に座った。
あらら。
そりゃそうだよね。
そんなにうまくいくわけがない。
異国で言葉もほとんど通じない、
ただ研修先の社員という以外何も感情など
生まれるわけもない。
こんなはずじゃなかったけど……。
それでも悪い気はしなかった。
だって心凌は隣に座っているし、
頼られるという事は気持ちか良いものだ。
と感じたからだ。
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