第26話 生真面目体質と男社会への耐性 ○
夜の街は華やかで騒々しくて、
昼間とはまた違う活気で溢れていた。
居酒屋から漏れる光が
賑やかに喋り立てる若者の集団。
完全に酔い潰れた人を介抱するスーツの男たち。ケラケラと賑やかし笑い合う中年の女性たち。今の世の中は私と歳の変わらない女性でも飲み歩いているのだな……。
本当に私って世間知らずだ。
そういう人たちを横目に街並みを抜けて静かな公園をみつけた。そのままその公園のベンチに腰をかけようと入り口の柵を通り抜けた。
そこへ宮本があらわれた……。
驚きとともに安心したのか、
泣きそうな目で宮本の顔を見ると、
彼は当然のことの様に私を抱きしめた……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「お疲れ様です。今週の金曜日ですが、
総務で歓送迎会をやります。参加大丈夫でしょうか?」
歓送迎会を知らせる内容のLINEが宮本から入ったのは水曜日の事だった。
いやいや明後日じゃないか。
歓迎会やるとは言っていたけど、そんな急に決められてもね……。
そう思い母にそのまま話したら。
「行ってきなさいよ。」
と言われた。
「でもでも……。」
「あなたはそういう息抜きのしかた知らないでしょう?時には人の中で喋って呑んで、
日頃の鬱憤を発散しないと……。」
「私お酒飲めないし、それに子供三人置いては行けない。」
「何言ってるの、金曜日でしょう?次の日は子供たちの学校もないし、あなたが遅く帰ってきても問題ないじゃない。大人が誰もいないのは困るけど、私が見ておくから……。
ねっ!でないときっとあなたの心が潰れちゃうから。」
「わかった。ありがとう。」
本当はあまり気が進まなかった。
何故なら私は沢山の人の中に入っていくのがとても苦手だ。
いつも私の話なんて誰も聞いてくれない。
みんな好き勝手に自分の事ばかり話すのだ。
私はいつも聞いてるだけ……。
話し上手は聞き上手なんて言うが、
あんなのは嘘だ……。とはいえ、断る理由がなくなってしまったし、母の気遣いを無碍にするわけにはいかない。
「おつかれさまです。金曜日ですね。大丈夫です。どの辺りでやるのですか?それから会費はおいくらくらいでしようか?」
「駅前ですよ。お魚の美味しい飲み屋さんでです。車は駄目ですよ(笑)
会費はいらないです。あなたは今回は歓迎される側だから(笑)」
魚の美味しい店かー。
お酒はそこそこにして(元から沢山は呑めないしね。)美味しい魚を楽しみにしよう。
そもそも私はお酒を呑みに居酒屋さんなんてほとんど行った事がなかった。
大学の時以来かな……。
憂鬱な気持ちでいくよりも少しでも楽しめるように、そう考える事にした。
仕事が終わると一度家に帰ってシャワーを浴びた。それから一度化粧をしなおした。男の人はともかく、他の女性たちはどうしているのだろうか?お酒を呑んでからお風呂にはいると血圧あがるし、心臓に負担がかかるのに……。
会場は大きなチェーン展開している居酒屋さんではなく、小さなワンフロアの個人店のようならところだった。貸切らしい。
大きなテーブルを囲んで14〜15名がワイワイガヤガヤと各々思う事を話している。
私はそのガヤに入っていない……そもそも自分から積極的に話す方でもないし、誰と話していいやら…。
「あっいたいたー!のんでますー?」
開始早々ほろ酔いの吉川が話かけてきた。
「吉川さんは呑めるんですね。私あんまり呑めないから。」
「ですね…。ってお酒の席ですよー!!
敬語はだめだめー!!」
「おーいいねー。呑めないなんて言われたら、呑ませたくなるよなー。」
そう言って近づいて来たのは課長の黒田だ。
「まぁ呑みなよ。」
そう言って頼みもしないのにビールをついでくる。
「いや、私ビール飲めないので…。」
「またまた、そこそこ歳いってるんだからさー。お付き合いくらいできるだろう?」
はっ?
何今のデリカシーのない一言。
思わずムッとしてしまったのだろう。
「おっ!!怒ってるの?いいねー!」
も馬鹿にした顔でニヤニヤとこちらを見る。
勢いもあって呑めないビールをグラス一杯一気に飲み干した。
「にっがー!!」
そうしたら
ちょっと楽しくなって、
顔が紅潮していくのを感じて、
周りの声があまり良く聞こえなくなって、
急に言われた事への怒りが沸いてきた。
今にも溢れ出しそうな感情は、
今度はヒンヤリとした悲しみの波に、
呑まれていった……。
「だから来たくなかったんだ……。」
無意識に小さな声でそう呟いた。
「このモラハラ野郎……。そんなんだから禿げるだよ……。」
聞こえるか聞こえないかの声でニコニコしながらそう言った……らしい。
「ちょっと大丈夫?」
隣にいた吉川が、ほろ酔い顔から少し真顔になってこちらの様子を伺った。
「え?何が?」
それからソーと耳元で
「課長は口悪いから……。ほっといた方がいいよ……。」
でもその見下した態度がどうしてもゆるせなかったみたいで……。
「はいそうですよね。」
と普通に返事したかと思うと、そのままの勢いでそこそこ大きな声でこう言ったらしい。
「黒田課長は口が悪いですよね。
だから口が臭いんですかね。」
ざわざわとしていた飲み会の席、
何故か私がこう言い放った瞬間に
まるで時が止まったかの様に話声が止んだ。
一瞬静まり返って、
唐揚げを揚げる音
切り物をする音
フライパンを振るう音
ドリンクをつぐ音
そんな音だけが妙に響き渡った。
「俺がなんだって?」
そう黒田が言うとどこからか宮本がやってきて、
「先日えらい大きな鯛を釣ったらしいじゃないですか?」
「おうそうなんだよ。あれは、過去最高にいいあたりだったんだよ。んー今はなんだ、カコイチとかいうのか?なーキチカワちゃんよ。」
「やだー!!課長が言ったらキモいですよ。」
止まっていた時が再び息吹を取り戻したようだった
私が口臭いと言ったら凍りついたくせに、
吉川がキモいと、言ったら笑いになった。
結局男なんてみんな若くて見栄えの良い女に弱いんだ。
そのまま私は静かに立ち上がり店を出たのだ。
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