第25話 とりあえずご飯に誘ってみた ●
今思えば何がそうさせたのか……あの時の自分の行動には少し理解に苦しむ。
よほど寂しかったのか……
それともただ単に勢いづいてたのか……
なんせ僕はいつだって何をするにも積極的でもないし、理由をつけて言い訳しながらややこしそうなことを避けていくタイプの人間だったから……。
その日僕は一文の中国語を渡すと決めて仕事に向かったのだ。
とはいえ、いったいどこでこの一言だけ書かれた紙を渡すというのだ?彼女達は異国での生活(特に仕事場)にのまれないように大概、群れをなして行動している。
そして堂々と自国の言葉で大きな声で話しながら、時には歌いながら悠々自適に行動している。まぁそう見えるだけでもしかしたら、1人じゃ不安で、大勢で自国の言葉を話す事で不安を払拭してきるのかもしれないが。
とにかくなかなか一個人に突き入る隙など無かった。
更衣室で作業着に着替えた。
本当は現場に不用物の持ち込みは禁止だ。
何かに混入したら大問題になり兼ねない。
袖に手紙を仕込んで現場に向かった。
なんとなく周りの目を見ながら今日のタイムテーブルを確認した。
手紙を渡す事ばかり考えすぎて仕事にならないとまずいので、とりあえず一旦仕事の事を考えるモードに頭を切り替える……。
「おはようございます。」
はずだったのに……。
いきなり話しかけられてしまった。
「あ〜おはよう。」
無駄に心臓がドキドキして声が裏返る。
それを聞いておかしそうに笑う
「笑うなー」
と照れ隠しに言いながら、
ひょっとして今がチャンスなのか?
と周りを見る。
近くには誰もいない。
今か?
今なのか?
少し迷いながら袖口に手を向かわせた……。
「心凌!!我头疼所以想休息一下。这样告诉员工」
「好的。你还好吗?」
「也许」
小走りで他の研修生が心凌に近づいて力無い声で、しかし勢いのよい早口で話し始めた。
何を言ったかさっぱりわからなかったが、
おそらく何かを社員に伝えてほしいそんな
様子だった。
研修生の中でも
「どうした?」
「あー、
つたない日本語ででも間違えのない言葉でそう言った。それがまた何だか愛おしく思えてしまい、一瞬答えるのを忘れてしまった。
「かえってもだいじょうぶか?」
李静の背中をさすりながらこちらの返事を伺う。
「あー帰っても大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。」
と頭を下げて、
「你可以回家。(帰ってもいいよ)」
心凌は李静に伝えた。
「
と李静に言われて、
咄嗟に……、
「
と口に出して言ってみた。
李静を出口まで見送り心凌が戻ってきた。
それからニコニコと近寄ってきて、
「あなた、中国語、じょうずですね!」
「え?……。」
なんか褒められた気分になって思わずニヤつく。
「あっこれ!!」
それから急いで袖口の手紙を取り出して心凌に手渡した。
「なに??」
そう言って紙の内容を目にした。
ただの一文。
彼女にとっては難しいわけでもない一文。
「下次一起去吃饭吗?」
一緒にご飯を食べに行きませんか?
少し上目遣いで
微笑みながら
「
「うん。」
「
「うん一緒に」
「什么时候」
「え?何?わからない?」
「いついきますか?」
え!!オッケーて事かな?
緊張して心臓がバクバクしてきた。
それから一呼吸して、
「心凌はつぎ休みは?」
「うーん……明天,后天。」
「明日の明後日?じゃー明日の夜」
「オッケー。」
「いいの!やったー!!」
思わず声に出してそう言った。
「何がやったーなの?」
一緒懸命話していたので、周りに全く気が付かなかったがいつの間にか後ろにパートリーダーの山田さんが立っていた。
思わず心凌の方を見るとシレーっと離れたところで作業を仕掛けていた。
それから一瞬こちらをみて、ウィンクしたように見えた。
「あっ山田さんおはようございます。あの研修生の李静が頭痛くて帰ってしまって。少し予定かえていきますね。」
「オッケー!!了解!!」
こんなに楽しい気持ちで仕事を始められる事なんてあまり経験がなかった。でも今日はどんな困難も乗り越えられるような気がして、
失敗する気がしなかった。
男というのは、
いやむしろ人間というのは
どんな事をするのにも
良好な精神状態で始めるのと、
不快な精神状態で始めるのとでは
きっと全く違う物になるであろう。
それは仕事内容とか体調とか、
様々な理由の中でもとても重要な事のように私は思うのだ。
その日の僕は終始気分良く過ごす事ができた。
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