第16話 母親でいること ○

「おつかれさまです。配属先決まりました。」

という内容のLINEが宮本から入った。


「お疲れ様です。なんかいろいろとご迷惑かけて申し訳ありません。配属先はどの様な仕事内容でしょうか?」


本当はもう辞めようかと思っていた。

事務とかデスクワークのような配属先になら……というわずかな希望を残してはいたものの、そう都合良くはいかないだろう。

やはり私には工場の現場の空気は合わない気がした。それにあんな力仕事を強いられたら体がもたない。それから精神も……。


ところが私の予想に反して都合の良いように話が進んだ。


「総務部に来てもらおうと思ってます。『パソコンなどの基本知識は有り』と履歴書に書いてありましたが、(すいません勝手に履歴書見ました)Excel、Wordの基本的な知識はありますか?」


総務?……って事務職だよね。

あれだけいろいろなところで断られてきたのに……。


「Excel、Wordの基本知識は大丈夫だと思いますが、事務職は経験ないですが大丈夫でしょうか?」


経験ない……なんて言わなければいいものを、真面目な私は本当の事を言わないと嘘をついた気分になる。


「大丈夫ですよ。手取り足取り教えますから(笑)」



笑……ってなんだろう。

なんかニヤついてしまった。


「それから明日から言ってしまいましたが、段取りもあるので、来週の月曜日からの研修していきましょう。(教育係は僕ですけどね……(笑))どうぞよろしくお願いします。」


また(笑)だ。

最初の知的で冷静な仕事が出来る男のイメージをくつがえされた。この人は賢いだけじゃなくてユーモアもある人なんだな……と思った。


「ありがとうございます。では月曜日は総務部に、直接行ったら良いですか?」


「そうですね。9時から始業なのでよろしくお願いします。」



何か少しソワソワ、ワクワクしてきた。

仕事がしたいわけじゃない。

むしろ本当は家でゆっくりしていたい。


私の子供の頃の母親像って、

旦那さんが仕事に行っている間に掃除や洗濯などの家事をこなし、時々手作りのおやつを子供と一緒作ったりして円満に過ごす。

週末には家族出かける。おむすびを持ってピクニックに出かけたり、山登りをしたり自然とふれあうのだ……。

みんなどこの家族もそういうものなのだと思い込んでいたのだ。

でもそんなのはただの妄想でしかなかった。

現実はこれだもの……。

なんとなく時々母親でいることに嫌気がさしてくるのだ。

だから……


だからきっと、宮本に辞めるのはもったいないと言われ、しかも一度は諦めかけた事務職である総務部に呼んでくれたのが、社会的に、と感じたのだろう。


『おかあさん』じゃなくて『一人間』として認められた気分がしたのだ。


そう思ったらゆっくりなんかしていられない、週末までに今まで独学で勉強したパソコンの知識をあらいだして、もう一度詰め込み直さなければならないな……。

昔近所のカルチャースクールで習ったパソコンのファイルを引っぱりだしてきた。


「おかあさん。」


「ん?どうしたの?」


保育園児の息子が真っ赤な顔をして立っていた。


「ちょっとちょっとどうしたの真っ赤な顔して。体温計持ってきてー!」


と長男に持ってきてもらった。


「39度もあるじゃない!!」

息づかいも荒い…。

それにこの子は元から喘息の傾向があると

医者から言われてる。

なんで気が付かなかったんだろう……。

自分の事で目一杯で……。

私は駄目な母親だ。


もう夜の20時を回っている。

病院に電話してみる。

かかりつけ医いや電話にでない?

救急外来……いや救急車だ。


そのまままた市民病院へ……。


「はぁー……。」


ため息ついたら幸せ逃げるって……

そんな事昔よく言ってたなー。

でも無理。

母親って本当に休みない。


本当に今日はなんて日だ…。








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