第11話 変動と小さなプライド ●

荷物はちょっとした日用品と衣類くらいしかなかった。そもそも自分のものなんてあまりなかった。大きな荷物がたいしてなかったのでレンタカーを半日借りて荷物を運びこんだ。


2DKとは名ばかりのそのアパートは、

トイレは和式だったし、風呂にはシャワーがついていなかった。

ただ洗濯機がおけるベランダは無駄に広く、景色は良いとは言えなかったけれど(大きな病院が目の前に見えていた)そこに椅子を置いて夜風を浴びながら時々ビールを飲むのがとても気持ちが良かった。


新しい日の始まりは僕にとっては夜だった。

引越しの日は荷物を運んだ後に、それ以外の必要な物を買い込み、電化製品などはリサイクルショップに買いに走った。

1人で何もかもしなければならないのは、大変だけれども自分の思い通りにできるのは、

全くのノンストレスだった。


1人は快適だった。

次の日は夜の21時から仕事だったので、

これからほぼ丸一日自分1人の為に時間が使えるのだ。

そこで初めて自分の気持ちに気がつくのだ。

結構気を使って暮らしていたのだと……。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


食品工場といっても多種多様で、

ご飯を炊く現場、

惣菜を作る現場、

お弁当を盛り付ける現場に、

洋菓子の製造といろいろだ。


僕はその洋菓子の材料を製造する現場にいた。夜中の0時から洋菓子の盛り付けが始まるので、材料作りは夜9時から始まる夜勤の仕事だ。



「どう調子は?大分生地つくるの慣れてきた?」


「あっ係長。はい大分要領はわかりました。」


一つ年上の係長。

普段は冷静に淡々とと仕事をすすめるが、

一度ひとたび自分のタイムテーブルが崩れよう物ならば、パワハラよろしく烈火の如く怒り出す。


僕も一度サンプルの生地を失敗して、

ひどく怒鳴られた。一つ年上なだけなのにとんでもない勢いで怒られた。


「そうか。そろそろ盛り付けの方やってみる?」


最初この工場に入ってビックリしたのは、

スーパーに卸す大量の商品を機械で盛り付けるのではなく、人間の手で盛り付けていたのだ。つまりはほとんど手作りなのだ。

盛り付けは自分がケーキのトッピングをするわけではない。派遣やアルバイト、そして外国人の研修生を使う。

それが社員の仕事だった。


日本人はもちろん、中国人に、ベトナム人、フィリピン人、日系ブラジル人にネパール人、インターナショナルな人たちをどうにかこうにか指示をだしながら、一つの商品を時間内に仕上げていくのだ。


まぁみんな言う事は聞かないし、タイムテーブル通りになんてなかなか進まないのが

当然だった。


「わかりました。やってみます。」


「そうかよかった。これで俺は現場を離れられる。よーし事務仕事に精をだすぞー!

あとよろしくねー。」


係長はにこやかに去って行った。


しばらく自分より若い主任について仕事を覚える事になった。なんとかこの若い主任に追いつこうと小さなプライドが震えた。

僕は気の小さい人間だ。

新しいことと変動に非常に弱い。

何かが変わる毎に緊張して失敗を繰り返す。

今までの仕事もそうして辞めてきたのだ。

養育費を払う為にも仕事は辞められない。

そのプレッシャーとの戦いのはじまりでもあった。






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