第10話 新しい生活と女ってやつ ○
心底うんざりした。
彼の不注意で今までだって散々恥をかいてきた。いつもいつも
「大丈夫…大丈夫」
とかいうくせに、だいたいいつも肝心な時に失敗するのだ。一瞬でも気を許したのが間違えだった。
そうやって何度もついたり離れたりを繰り返してきたではないか…。
本当に私は反省しない人間だ。
『情』に流されて失敗するのはごめんだ。
もはや彼に持てる『情』は長く一緒にいた事による
惰性の同情であって愛情ではない。
なんでも慎重で不安のだらけの私と、
何をするでも風まかせ計画性なしの彼とでは全く相反する性格なのだ。
所詮彼と私は『水』と『油』
決して交わる事のない存在なのだと思う.
もういい加減あきらめがついた。
これから私の新しい人生がはじまるのだ。
離婚届は後日新しくもらって書き直し、彼の住むアパートに送った。
何日かして彼の印鑑が押されたその紙が送り返されてきた。自分が出したらいいのに。
そしてその日のうちに市役所に私が提出した。簡単な作業だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
自分の持つ資格を最大限に活かせる仕事を探していたが、思うように見つからなかった。
事務職を何件か応募してみたが、人気が高いらしく経験者を優遇するようで……。
結局家からほどほどに近くにある、土日休みの、工場のラベル貼りの採用が決まった。
まさか自分が工場で働くなんて……。
別に工場が悪いと言ってるわけじゃない。
でも大学まで親に出させてもらったのに……。と思うと申し訳ない気持ちやら、
プライドやらが頭をちらつかせた。
とりあえずなんでもやるしかなかったのだ。
「簡単な仕事ですから。」
と現場に案内された。
名札を自分で指さして『宮本』です。
と名乗った私より少し年上?のその男性は、ニコニコしながら一通り現場を案内してくれた。
思えば結婚してからあまり元主人以外の男性とまともに話してないので、なんとなく気恥ずかしかった。
「じゃあ、あなたはこの現場で働いてもらいます。」
「はい。」
「鈴木さん、今日から入った新人さん。
教えてあげてもらえます?」
「はーい。わかりました。」
と
色の黒い体の大きなおばさんがそう答えた。
「じゃーよろしくね。」
宮本はこちらに会釈をして現場を去っていった。
すると先程までニコニコと笑顔を見せていた、『鈴木』が急に真顔になって、
「大丈夫?仕事したことあるの?」
低くふてぶてしい声で言ってきた。
上司や男の前では良い人のフリをするタイプなのだろう。
私は一応低姿勢を貫くつもりだったので、
「何もわからないのでよろしくお願いします。」
と会釈をした。
「ふーん。なんか訳ありか?まぁいいや。
このハンディーで日付を合わせて、ここにラベルを貼るだけ、貼れたらここにこうして積んで行く…。」
淡々と作業を進めながら早口で一連の作業を説明していった。
わかるわけがない。
私はメモ帳を取り出して必死にメモしようとしたけれど、わからない事が多すぎて何をメモしてよいか、何を質問して良いか全くわからなかった。
「このハンディー?というのはどこで電源の入れるですか?」
「はぁ?そこから?見たらわかるでしょ。
メモなんかしてるから見逃すんだよ。
ちゃんと見ておいてよ!!」
「はぁすいません。」
わかるか!!
なんなのこれ?新人いびり?
典型的な嫌な女だ。
だから工場なんていやなんだ。
女ってやつは裏と表が真反対だ。
と女ながらに思うのだ。
先が思いやられる……。
相当疲れて帰ったけれど、腹立つし悔しいから、言われてメモした事をその日のうちに全部まとめた。
子供の世話どころじゃなかった。
家事全般は母の力を借りずにはこの生活は成り立たない。早く仕事を覚えて定着させなければ。そう思って必死に勉強した。
なんとかしないと……。
気持ちばかりがあせりだす。
始まったばかりの新生活に一抹の不安を覚えた。
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