第9話 やっぱりだめだ。 ●
こうして2人だけで出かけるのはどれくらいぶりだろうか?
最後に手を繋いだのは?
最後にキスしたのは?
最後に抱き合ったのは?
いったいいつから……
僕たち2人の糸は
車を走らせながらそんな事を考えた。
彼女はずっと窓の向こうに目をやっている。
目的地なんてなかった。
それに別になにか特別な話があるわけではなかった。
ただ離婚する前にちゃんと話さないといけないと、漠然とそう思っていただけだ。
出会った頃はもっと穏やか
少し抜けてて不安そうにしているけど、
芯は強くて以外と自分の意見は曲げない。
旅行好きで、
可愛い物が好きで、
お寿司が好きで、
料理が上手でちょっとお茶目で……
そんな彼女の事が好きだった。
無言のまま近所をグルグル回って近くの
カフェチェーン店に車を止めて入る事にした。
「ブレンドのレギュラーと、カフェ・オ・レのレギュラー……でいいよね?」
彼女が頷いたのでそのままたのんだ。
それから、レジ横に置いてある大きなクッキーと、マドレーヌを一緒に購入した。
「離婚届…。」
彼女がカバンから取り出した。
手渡された書類に一通り目をとおした。
この紙切れ一枚で僕と彼女の結婚という契約は終了する。
「いろいろあったね。」
「うん……。」
もう10年近く一緒にいるのだから……。
おそらく僕だけではなく、彼女も頭の中には沢山の映像が写っているに違いない。
それを思い出しては消えて……
「よく来たね、ここのカフェ……。
最初にこの店に来た時はさ、
あなたはあまり来慣れてなかったみたいで、注文するのに時間がかかってたよね……。
あの頃は楽しかったねー。」
とつい思い出して口にする。
「そうね。こんな近くのコーヒーショップなのに初めて来た時にはなんかドキドキしたわ。美味しかったわ、あの時のカフェ・オレ。」
「いやいや味は今からも変わらないけどね。」
と笑ってみせた。
そして彼女もあの日以来はじめて微笑んだ。
いろいろな思い出が、
VHSのビデオの様に何度も繰り返し巡る。
DVDの様に頭だしではなく……
巻き戻してはまた再生するのだ。
鮮明なビジョンはやがてテープの様に劣化して、自分の想像という記憶で補う。
なんだかこのまま別れていいのだろうか?
という気持ちになってしまった。
悪い事ばかりじゃなかった。
僕の知らない事を沢山教えてくれたし、
彼女の知らない事を沢山教えてあげた。
髪を撫でるのが好きだった。
彼女の小さな手をつなぐのが好きだった。
寂しがりやで仕事が休めないとすぐにスネていた。
あの頃に戻れたなら……。
ふと彼女に目をやるとシクシクと泣いていた。いやいや……人前だから……。
そんな事関係ないか。
正面に座っていたけれど、
彼女の隣に座り直して肩を抱いた。
彼女も僕に身を寄せてシクシク静かに泣いていた。
「もう少し考え直してみようか……」
無言で頷いた。
とりあえずこのまま店にいるのも気まずく、
店員の目が気になりはじめたので、店を出ようと立ち上がった時だった。
「あっ!!」
足がテーブルにあたった。
カップが派手な音を立てて床にころげた。
上は置いてあった離婚届にブレンドとカフェオレが
思わず彼女の顔色をうかがう……。
「本当にそういうところがいや!!」
そう言ってコーヒーに塗れた離婚届をグチャグチャに握りしめて僕に投げつけると、そのコーヒーで汚れた手で僕の頬を
パシン!!
とたたいた。
「わたし歩いて帰るし……。」
もう、申し訳ないやら、
恥ずかしいやら、
悲しいやら、
なんだか腹立たしいやら……。
感情が入り混じってパニックが起きた。
それから少し時間をかけて落ちたカップとこぼれたコーヒーと食べかけのクッキーを片付けて……
ただ冷静に……小さな声で
「やっぱりだめだ。」
と一人で呟いて店をでた。
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