第8話 契約書とコーヒー ○

離婚を決めてからの彼の行動はとても早かった。いつもいつもなんだかんだと理由いいわけをつけて、肝心な事はすべて私に決めさせてきたのに……。

今回はさっさと自分の住む家を決めてきて私にお金の相談をした。

よっぽど私と離れたかったのだろう。

それがまた無性に腹立たしかった。


「あーこんな人と出会わなければこんな目に合わなかったのにな……。」


とつい心の声が漏れてしまった。


「別れる前からそんな弱気でどうするの?

3人一人で育てると決めたのでしょう?

私も少しはサポートするけど、

あなたが頑張らないと。」


「うん」



母は励ましのつもりで言ったのだろうけど、

私は今も…それに今までだって結構頑張ってきた。それよりももっと頑張らなければならないのだろうか?

あの人は気楽でいい。

だってただの独り身じゃないか。

養育費の約束はしたけれど彼の事だ、

いつ逃げ出すかもわからない。

不安以外のいったい何があるのだというのだろうか?

考えれば考える程に腹が立つ。

その腹立たしさを原動力に変換する以外、

今の私を動かす物はないのかもしれない。



そう思いながら

離婚に向けての様々な書類を用意した。

離婚も簡単な事ではない。

いろいろな物の名義人変更。

子供達の保護者の変更。

親権を自分にする為に家庭裁判所まで赴かなければならないらしいし、

母子家庭の手続きもしないととても生活は成り立たないし、それから養育費を払ってもらうべく公正証書の作成の依頼……。

一日や二日でとても終わる物ではない。

養育費をもらえたところで、

もちろん自分も働かなくては、

とてもじゃないけどやっていけない。


結局夫婦としての最後の手続きも私が段取りしなければ進まないのか……。



私は本来人について行きたいタイプの人間だ。自分であれこれ決めるのは荷が重い。

子供の時はいつでもなんでも母に聞いて判断していた。今までお付き合いしてきた人もだいたいそういう人を選んできた。

ようするに依存心がつよいのだ。

なのに何故……。

なぜ彼と結婚したのか……。

今は全く理解できない。



離婚する為の資金は私が子供の為に少しづつ貯めていた貯金を半分渡して、彼の住居の引越し資金は彼が乗っていた車を売って作り出した。もちろんそれを提案したのも私だ。


緑色の契約書を机の上に用意した。

あとは彼の印鑑をもらうだけだ。

これだけ不満が溜まっているのに、

『離婚届』、目の前にすると少し躊躇してしまう私がいる……。


「ちょっといいかな?」


突然彼が話しかけてきた。


「なに……?」


ぶっきらぼうに返事をする私。



「家で話をすると…ほらあのー……すぐに口論になるからさ。少し外に出てコーヒーでも飲みながら話さない?」



「わかった。」



いったい何を話すというのだろうか?







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