第6話 沸点 ○

沸々と怒りがわいてきた……。

そういう表現がよくつかわれるが、

怒りというのは言ってみれば心の闇

それはいろいろな物に影響され波打揺なみうちゆらぐ

液体のようなものだと私は思う。



やかんの水が沸くように。

冷たい澄んだ水が

メラメラと燃え上がる怒りという熱で

温度を上げていくさま。

言わば水が劣化していくような音。

フツフツとはそういう表現だろう。



けれど私の抱えた闇は

サラサラの水なんかではない。

いってみれば使い古した揚げ油を

火にかけているようなものだ。

底に沈んだ揚げカスの様な心のおり

ジワリジワリと熱されて、

次第により深い闇が生む。



水の沸点があるように、揚げ油にも当然沸点がある。通常約300℃から500℃程度が沸点らしいが、多くの場合それよりも低い温度に発火点(物体が発火する温度)を迎えるのだ。



私の怒りは

フツフツと音を立てて沸く間もなく

発火してしまったのだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


離婚を切り出したものの……、

苛立ちが募ったあとの、情緒不安定というか、なかば勢いという物があったりして……、

彼が泣いて謝れば少し気も済んだかもしれない。


ところが彼は二つ返事で答えをだした。


「いいよ。」


「え…?」


「離婚しよう。もう無理でしょう……。」



目に沢山の涙を溜めてそう言った。

なんか腹がたつ。

私が悪いみたいじゃないか?

昔からよく泣くひとだ。

余裕がなくなるとすぐに泣く。

少し八つ当たりしただけですぐに泣く。

私の親の前にでも泣く。

子供がいても……隠れて泣く…。


男のくせに……!


とかいうと今の世の中ではモラハラとか言われるのだろうけど、じゃーなんでストレス溜めた方が我慢しなければならないのか?

私には納得がいかない。

だいたい無理ってなんなんだ?

お前が言うな!!

いつもいつも……

我慢してるのは私の方じゃないか!!

私の方が無理なのに、

泣きたいのはこちらの方だ。



「離婚ていったって簡単じゃないよ!養育費だって払ってもらわないといけないし他にもいろいろ……わかってるの?」


「払うよもちろん……。ちゃんと話し合って決めよう。」



「そうやって口先だけで、

言って払う気なんかないんでしょう。」



「払うよ。」



「そうね。あなたはきっと払うわ。

でもそのうち必ず払わなくなるわ。何か理由をつけてね。

だってあなたは何をするにも続ける事が出来ない。継続出来ないひとだからね。」



「……そうだね。」



そうだね…じゃないでしょうが!

馬鹿にしてる。

その一言でそう感じた。


パチン!!


だからわたしは彼の頬を力一杯叩いた。

けれども彼は動じない。

冷たい目で私をさげすむ様に見下す。


「なんなのその目は……。」


私が悪いわけ?

おかしいでしょう?

子供の事、家族の事、家の事、

ぜんーぶやってきたじゃない?

挙げ句こんな体になって、

浮気まがいな事されて!!

なんかばかみたい。

この人に……

この人のせいで私の人生はメチャクチャにされてしまった。


死んでやる……。

私が死んでグチャグチャになればわかるわ。


そう思って咄嗟にキッチンの果物ナイフに

手をかけた。








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