第3話 すれ違う兆候 ●
起きた時からいつもの朝じゃない……
と違和感を感じていた。
何があったわけじゃない。
ただなんとなくいつも違う気がしたのだ。
横の二段ベットで寝ている子供の寝顔をみたあとに、なんとなく気になって妻の居るはずの寝室をのぞきこんだ。
居ない?
きれいに半分に折られた布団が
何か虚しさと悲しさを
語りかけてくるようだった。
子供たちを起こさないように、
物音を立てないように下に住む、
義理の母の家へと向かった。
「おはようございます。」
と遠慮がちに扉を開ける。
「ちょっとあなた……。」
と
「ちょっとこっちへ……。」
そして昨晩の顛末を話しはじめた。
「明け方にひどい顔して起きてきたのよ。
それで病院に行ってきたのよ。」
「病院?!」
「そう。ひどい蕁麻疹がでてね…。アナヒィラキシーらしいのよ。それでタクシー呼ぶって言ったのだけど、車で行くって聞かなくて……!」
「え?アナヒィラキシーってあのアレルギーとかのですか?
しかも自分で運転して行ったんですか?
何で僕に言わずに…?」
隣の部屋の扉が勢いよくガラガラと音を立てて開いた。そして抑揚のないフラットなトーンで彼女は喋り出した。
「あなたなんかに言ったってどうにもならないでしょう……。保険証がどこにあるかもわからないだろうし、どうせオロオロして
たいして何もせずに、それにあなたにたのんでもいつもの危なっかしい運転では、病院に着く前に事故をおこして死んでしまうかもしれないじゃない。
だから言わずに行ったのよ。
今までだって私は何でも一人でしてきた。」
「でも……」
「もういい。」
「いやでも…」
「寝かせてよ!!私に死んでほしいわけ?
昨日ほとんど寝てないのよ。黙って静かにしておく事くらいなら、あなたにもできるでしょう?!」
真っ青で血の気もない顔。
唇は紫色に。
覇気のない割に怒りを露わにした目元には黒々としたクマができていた。
「わかった。」
それしか言えなかった。
「子供の世話はお母さんに頼んでおいたし、
仕事だけはしっかりしてきて……。」
そう言ってピシャリと戸を閉めた。
「あなたは今日は仕事は何時から?」
と義母から言われたので、
「今日は15時からです。」
と答えた。
その当時僕は食品工場で働き始めたばかりだった。最後の転職にしようと、慎重に熟考して決めたものの、中途採用の中年社員は都合よく夜勤ばかりに回されるのだ。
「そう……。まぁあまり言いたくないけどね
……。」
と少しためらいながら言う。
「何度も何度も出たり入ったりしてるのだから、いい加減に地に足つけたらどう?
いつもいつも両親が喧嘩していたら、
子供たちも可哀想じゃない?
あの
合わないものは合わないのだから……。
その……愛しあわなくても
それなりの家族として、
それなりのお付き合いしたら
いいんじゃないの?
この間テレビでみたけれど、
仕事だと思って業務的に付き合う夫婦もあるらしいわよ。私には理解できないけれど…。
まぁいずれにせよ、私ももう若くもないから、あなた達がこの調子だと正直なところ
疲れるわ……。
もう少しあの
と、半分怒り…
半分呆れた様子で
静かにそう言った。
「はぁ。」
引き攣った顔で気のない返事をするしかなかった。その理由は僕たち夫婦が何度も何度も別居と出戻りを繰り返しているからだ。
一度目の別居は彼女から、
「近くに住む親戚のアパートの一室が空いてるから、そこでしばらく一人で離れて暮らして家族について考えてみて」
と言われた。
僕はそれを受け入れるしかなかったのだ。
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