05
それから。
彼女とは、ときどき会うようになった。
いつものソファ。彼女は、足のリハビリと治療に。自分は、精神科の医者が頭を抱えるのを見に。
「なんか。ぜんぜん、異状があるようには、みえないです」
彼女。おおきなソファに寝そべって。足を伸ばして筋トレしてる。
「あ、ごめんなさい。わたし。いま失礼なことを」
「いいえ。俺は実際、正常らしいんです」
「正常?」
「はい。精神科の医者も、いつも頭を抱えてますよ。正常なんだけど、って」
「はあ。そうなんですか。正常なのに、病院へ?」
「はい。俺、他には特にやることもなくて。せっかくなので、暇つぶしです」
「うそだ」
「おっ」
彼女。筋トレしてる身体が。ぴたっと、止まる。
「わたし。うそが分かるんです。いま、あなた。うそつきましたね?」
「ごめんなさい」
「いいえ。深くは訊きません。なんとなく、うそをついたというのが分かるってのだけ、教えておきたくて」
彼女。満足したように、また筋トレをはじめる。均整のとれた美しい身体が、ソファの上で揺れ動く。
「本当は。絵が描けるようにならないかなと、思いまして」
「絵?」
「はい。絵です。俺。絵描きなんです。最近、急に絵が描けなくなっちゃって。その治療なんですけど」
「精神的な問題で、ですか?」
「らしいんですけど。医者によると、俺は、絵を描いているときのほうが異常らしくて。だから、絵を描けないほうが精神的には正常なんです」
「へええ。なんか、おもしろいですね?」
「ええ。自分でも、そう思います」
「教えていただいて。ありがとうございます」
「いいえ」
「わたしは、一般的な仕事してますので、絵描きってのがよく分からないですけど」
「いいえ」
「え?」
「うそ、ですね」
「あ、もしかして」
「はい。俺も、他人の嘘が分かります。今のは、半分ぐらいが嘘ですね?」
「さすが画家のおにいさんだ。わたし。そうです。一般的な仕事ではないです」
「あえて訊きはしないですけど」
「そのほうがいい」
「絵が。描きたいなあ」
「ぅおい」
「はい?」
「いまの流れは、職業当てクイズとか、そういうのになる流れじゃないんですか?」
彼女。また、筋トレが止まった。
「え。職業当てクイズかあ」
なんとなくの雰囲気で。
「お肉屋さん」
「おっ。いいですね。近いです」
「畜産農家さん」
「いい線ですね」
「牧師さん」
「おっ。あともう一歩」
ぴたっと止まった彼女の身体。しなやかで、それでいて力強い曲線。きれいなボディライン。
「ギブアップです。分からないや」
「残念でした」
なんか、いじわるがしたくなって。
彼女のほうのソファを、揺らしてみた。
「うわ。わっわっ」
ぴたっと止まっていた彼女。ソファに崩れ落ちる。けっこう、派手な音。
「ごめんなさい。いじわるがしたくて、つい」
「筋トレ中に土台を揺らすとか。殺す気ですか?」
「え?」
「え?」
「殺し屋、ですか?」
「あ」
彼女。自分で言った。
「しまった。うそが分かるんですもんね。言っちゃったよ」
「殺し屋、さん?」
「はい。殺し屋やってます。あっ。離れないで。大丈夫です。安全ですから」
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