0本目 轢かれました、即死です。



「よしっ!渡れそう!」


 と、青になっていた信号機を見て思った。


 ここの十字路の信号は、家から1番近くのデパートに行くのに渡る必要があるのだけれど、なかなか色が変わらない事で有名だった。


 一方が大きな道路で交通量が多いから仕方ないと言って仕舞えばそれまでのことではある。


 しかし、何にもないところで長時間信号待ちさせられるのもなかなか堪えるのだから、毎回信号に捕まるたびにどうにかして欲しいと思ってしまう。



 そんな十字路の横断歩道を、タイミングよく信号待ちしないで渡れるとなれば運が良かったと言えるだろう。

 今日はとってもいい天気だし、珍しく早起きをして散歩と運動を兼ねて出かける僕を神様も祝福してくれているんだろう。


 そんな滑稽なことを考えながら歩いていた。


 信号待ちが長いんだから今のうちに渡らなきゃ!と少し駆け足になってしまっていたのも悪かったのかもしれない。



「うっ!!」



 横断歩道に足を踏み出した瞬間、僕の目には大型トラックの正面しか映っていなかった。


 要するに、青信号の横断歩道を渡ろうとした瞬間。大型のトラックが突っ込んできたわけだ。


 そうして、僕の平和で平凡な人生が急に終わりを告げたのだった。




 どうしようもなく急いでいたのか、それとも疲れが出てしまって参ってしまっていたのか。


 僕には決して分からない事なのだが、信号を無視して事故ってしまったらそれで人生終わりだろうに。


 君も僕も。


 信号はちゃんと確認したのになぁ。トラックめ。



 前触れなんてものは一切なく、至って普通に生活していた身に急に訪れたあっけのない最後であった。





 それからどのくらい時間が経ったのかわからないが、気がつくと、周囲一面真っ暗闇な空間、闇色で満ちた不思議な世界にいた。


 太陽や月の光などの自然光はおろか、蛍光灯や電灯などの人工的な光もなく、真っ暗闇。


 光なんていうものが一切存在しない世界。


 光という概念が消失したかのようなその世界では、僕がどう目を凝らしても、ずっと目を瞑っているかのように何一つ見ることが出来なかった。


「……何?ここ。どこ?」


 辺りを見回すことが意味を成さないほどの真っ暗闇だ。


 そんな中に急に放り込まれてしまったのに、僕は不思議と不安を感じることは一切なかった。


 普通なら、意識があるままでいつのまにかこんな場所にいたら混乱もするだろう。

 それに、何か出来る事がないだろうかと暴れたくもなるはずなのに。



(なんでこんなところに僕はいるのだろう)


 そんな疑問がすぐに頭に浮かぶ。が、考えるまでもなく答えはすぐに見つかった。


 見つかってしまった。


 なんせ、ここに来る前、僕が最後に見た光景。


 それが、あれだったのだから。


「あぁ、死んだのか」


 それを口に出してしまうと、その事実を嫌というほど実感した。してしまった。


 それがもうすでに起こってしまった紛れもない事実であり、不可逆な結果であるということを。


 だというのに、この周囲に広がる先も見通せないほどの暗い闇が優しく僕を包み込んでくれるようであり、何故か不思議な安心感さえこの空間にはあるのだ。


 そんな世界のせいで。


 いや、この世界のお陰で、僕の中に生まれたその最悪の事実のことに対して、ありえない!と意地を張ることや、どうして!なんて、焦燥感や罪悪感で苦しくなることなんて出来やしないのだ。


 全くもって不思議なことに、それを否定する気持ちなんてこれっぽっちも僕の中には起きない。

 ましては、ここに居るのが当たり前のような気さえしているのだから。

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