あなたの悪夢

 怖い夢を見た。

 貴方が連絡をくれる時はいつもその一言からだった。何気ない一言。私の存在意義を定義する言葉。飾り気のないトークルームで、ただずっと同じ会話を繰り返す。訥々と書き込まれるのは見た夢の内容だけで、そこに雑談がさしこまれる余地はない。貴方が全て送信するまでただ既読だけをつける。それがこの場所のルールだった。そして、夢の話を締めくくる時は、最後に「あなたにあげます」と送る。これも大切なルール。その一言を以て依頼とし、私は仕事に取り掛かる。

 一言簡潔に「是」とだけ送り、それが送信される電波に乗って貴方の元まで飛んでいく。あとは鉄扇で夢を追い出して瓶へ詰めるだけだ。本当は、扇がれて出てきた夢をそのまま食べるのが一番美味しい。だが、一日に何人もの依頼を受けることが多くなってからは直に食べることをやめ、一度持ち帰ることにしたのだ。

 依頼人の増加は留まることを知らない。未だに信じている人が多いことを喜ぶべきなのか、危機管理能力の無さを嘆くべきなのかは分からない。ただ、頂いている側としてはやはり喜ぶべきなのだろう。だが、どうしても嬉しいとは思えなかった。

 最初は一人だけだった。だから名前を知る必要もなかったし、貴方という人称で事足りた。そもそも仕事として始めたものではなく、ただ貴方の相談にのっていただけだった。だが歳を重ねるごとに私の中の力は強くなっていき、遂に私は貴方の夢を食べた。貴方は怖い夢を見なくなったと喜んでいた。私も嬉しかった。高い頻度で怖い夢を見たとその内容を送ってくる貴方を、少しでも助けたかった。  

 連絡が来る度に私は電波を辿り、貴方の夢を食べた。次第に貴方は怖い夢を見た時だけ連絡をくれるようになった。それに寂しさを覚えた頃だっただろうか。私のスマホの中に、いつの間に入ったのか見覚えのないアイコンがあった。デフォルメされた、不思議な動物が眠っているアイコンだった。

 それはトークアプリによく似ていたが、送ることが出来るのは怖い夢、悪夢を見た人だけで、私はメッセージを受け取る側にしかなれなかった。そしてこのアプリの不思議なところは、必要としている人の元にいつの間にか現れては消えるアプリというところだった。

 アプリがインストールされた人は、何故かそのアプリを開いて悪夢を見たとメッセージを送ってくる。メッセージを受けると返事を送り、その電波に乗って相手の夢を食べる。そのためだけに作られたようなアプリだった。 

 初めのうちの数人は、こんな怪しいアプリでも友達になれたらと思って雑談を試みたことがある。しかし、そのどれもが上手くいかなかった。このアプリを介した私はあってないようなもので、人としての存在を踏み外したモノになっていたからだった。

 夢を食べるという人ならざるものと、その化け物に繋がるアプリがある。そういう話があやふやな噂として広まりだした頃、貴方はその存在を肯定した。そしてその体験を語った。そして、その話は瞬く間に広がった。アプリと私の存在は都市伝説と化し、ネット上は大いに盛り上がった。崇拝するようなサイトが幾つも立ち上がり、信者達によるルールが出来た。

 一つ、私に繋がるアプリが出た時はその存在を周りに話してはならない。二つ、話を始める時は「怖い夢を見ました」で始めること。三つ、全て話し終わったら「あなたにあげます」と締めくくること。その三つを守れば私から「是」とだけ返ってきた後、悪い夢を見なくなるという都市伝説。体験者が増えれば増えるほど私は人ではなくなり、私の存在意義は夢を食べることに変わっていった。

 貴方は見る悪夢のレパートリーを減らし、遂に悪夢を見なくなった。貴方からの連絡はきれいさっぱり途絶え、私のスマホのアプリが一つになった。私の人間としての繋がりは希薄になり悪夢を食べるという存在意義だけが残った。

 その日を境に、私という存在は消滅し、獏という妖が甦った。

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