よだかの惑星

 若者の大半がそうであるように、市蔵も俗世を超越したいと思った。小学校でいじめを受けても、中学で妹に血縁を隠されても、片恋相手に認知すらされないまま高校を卒業しても、いつか必ず特別になってやるという野心が彼を支えた。だから、大学生のとき発表されたロケットマン計画に彼は迷わず志願した。思えば、彼は始めから星になりたかったようなのだ。大地を見下ろしながら、宇宙で半永久的に輝く――これだ、と市蔵は思った。


 抽選もなく、彼は計画の参加者となった。彼の身体は培養液の中で再構築され、球状の肉塊に生まれ変わった。人間に合わせたロケットを作るより、ロケットに合わせた人間を作った方が安上がり、というのが計画の趣旨の一つであり、人体改造に対する倫理的な反発もあったが、市蔵自身には彼の醜い身体――だらしなく肥大した胴体や、カエルのような顔――への未練はなかった。

 肉体改造と平行して、いくつかのプログラムが市蔵の脳にインストールされた。彼――ロケットマンは乗組員であるのと同時に、ロケットを制御するコンピューターでもあったのだ。


 ある日の明朝、制御プログラム以外のシステムを休眠状態にされた市蔵を乗せて、小さなロケットが地球から発射された。ロケットは三段階の切り離しを経て太陽系を脱し、市蔵を乗せた最小ユニットはわずかな燃料を燃やして推進――近くのワームホールへと突入した。


 ワームホールの出口がどこにあるのかは分からない。ロケットマンたちはワームホールに突入したが最後、ランダムに宇宙の各点へ移送されるのだ。永遠に出てこない可能性も低くはなかった。


 死ぬことは怖くなかった。むしろ死ぬつもりで市蔵は計画に参加した。地球に似た惑星の発見など、彼にはどうでもよいことだった。宇宙に散ること――それこそが彼の悲願だったのである。


 幸か不幸か、彼は当たりを引いた。彼の脳髄に移植された制御システムは移送先で故郷と瓜二つの惑星を発見し、その重力圏内に突入――大気圏を突破し、パラシュートで減速――海に着水した。完璧なシナリオだった。


 無意識の制御システムによって海底に生き埋めにされてようやく、市蔵の意識は覚醒し、彼は自らの皮肉な強運を知覚した。ともあれ、成功してしまったものは仕方がない。彼はゆっくりと、球状の体から地下に向かって無数の触手を伸ばした。計画としては、ロケットマンは地下茎を伸ばして惑星内部を探索、環境を評価すると、適当な地点で地表に発芽し、その惑星に最適な新しい身体を備えたクローン体が記憶を共有した状態で地上に放たれる手筈だった。


 だがそうはならなかった。原因の一つとしては、市蔵の無意識が制御システムに干渉し、地表への発芽を拒んでいた。市蔵は二百年もの間地下茎を伸ばし続け、その触手は遂に惑星の地下空間全てを満たした。そして市蔵は発芽を経ないまま、地下環境への適合を始めた――すなわち、その巨大な身体を再構築し、マントルをエネルギー源とする惑星寄生生物へと生まれ変わった。彼は惑星そのものとなったのだ。


 惑星なってようやく、彼は地表に発芽した。ただし、出土させたのは一対の眼のみで、地下茎から切り離すつもりもなかった。出芽地点はこの惑星における北極であり、地球同様、この星も地軸が傾いていたため、極夜や白夜が生じた。彼は夜間全てを眠って過ごし、昼間は太陽を見つめ続けた。憧れていた恒星に嫉妬し、睨み付けながら、その引力から逃れることもできず、彼はその周りを旋回した。


 市蔵は惑星になった。彼は今でも、輝く星の周りを公転している。

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習作図鑑 平山圭 @penguin-man

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