丸刈り法

 色々あったが、丸刈り法は施行された。つまり、国民は男女問わずみんな丸刈り、ということになった。「風紀のため」とか、理由はそんな感じだったと思う。僕は男だし、髪にこだわりもなかったから、特に嫌な思いはしなかったけど、嫌がる人――特に女の子――からの反発も結構あった。だが、決まったことは変えられない。世の中とはそういうものだ。長髪狩りが始まったのは法律が出来て二週間程経った頃だった。そういう類いのゲームが好きな連中や、逆張り女なんかを中心に、一般人が毛民――隠れて髪を伸ばしている人――を血眼で探した。役所に告げ口すると小銭がもらえたし、毛民をふんじばって丸坊主にする動画をYouTubeに上げるとそこそこの再生数が稼げた。当時はその様子がなんとなく不気味で、僕は毛民関連のニュースを敬遠していた。

 ある日、役所が一斉摘発に乗り出した。詳細は知らないが、その日の学校帰り、家路に人混みが出来ていたので覗いてみると、住宅街を貫く広い通りにおびただしい数の毛民が並ばされていた。大半が女の子だ。その列に平行に、これまたおびただしい数の憲兵が並んでいる。しばらく眺めていると、上官らしき女の合図で、憲兵たちが一斉に彼ら彼女らの髪を刈り始めた。曖昧な悲鳴がちらほらと上がる。ものの数分で作業は終わり、元・毛民たちはその後三十分間、見せしめとして立たされた。スマホでバシャバシャと写真を撮られながら、彼ら彼女らは情けなそうに目を閉じて、泣き出す者もちらほらといた。僕はその列の中に、ここ最近見かけなかった近所の女の子を見つけた。長い黒髪の綺麗な娘で、たしか中学生だったと思う。その娘がつるつるの頭の下で目を真っ赤にしているのを見て、僕は不思議とぞくぞくした。たまらなかった。僕はスマホで彼女を撮ると、急いでその場をあとにした。

 次の日の放課後から、僕も長髪狩りに参加した。爽快で、良い気分だった。自分を突き動かすものの正体を僕は十分心得ていたが、社会は僕の味方だということも、同じくらいちゃんと理解していたのだ。

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