第20話 理由

 夜の十時過ぎリビングでテーブルを挟んで向かい合う形で置かれたソファーに座り、蓮夜と美里は向かい合っていた。


「悠斗には保護したから大丈夫だと連絡した置いた。色々うるさかったが無視しておいたから大丈夫だ」

「それ大丈夫じゃないよ」


 蓮夜の言葉に呆れて苦笑しながら美里が返すが、蓮夜は美里の言葉も無視して続けた。


「それから明日から気が向くまで学校を休むだろうと言っておいた」

「……学校のことは考えてなかったけど、そんな勝手に決めて大丈夫なの?」

「大丈夫だろ」

「……明日学校で悠斗先輩に色々言われるんじゃない」

「俺も一週間くらい学校サボるから大丈夫だ」

「……」


 蓮夜のふざけた言い分に美里が呆れてジト目を向けていると、蓮夜はため息をついて話しを変えた。


「そんなことより、家出の理由を話すんじゃなかったのか?」

「そうだけど……心の準備してるところだからもう少し待って……」

「なら、ココア入れてくるからゆっくりと準備しな」

「分かった……」


 蓮夜はそれだけ言い残すとソファーから立ち上がり、キッチンに移動してしばらくすると両手にコップを持って戻って来た。

 片方のコップを美里の目の前に置き、先ほどと同じ位置に座ってココアを少し飲んで美里に問いかけた。


「それで心の準備は出来たのか?」

「出来た」

「そうか。じゃあ、話してくれ」


 蓮夜はコップをテーブルの上に置いて美里に真剣な顔で視線を向けた。


「蓮夜はどれだけ努力しても勝てないって思ったことある?」

「いや、ないな」

「……まあ、蓮夜は負けたことも無いだろうしね」

「いや、一度だけ負けたことがあるぞ」


 蓮夜の即答に美里は少し呆れたが苦笑しながら返して話を戻そうとしたが、先に蓮夜が答えた。

 美里は蓮夜が負けた話に興味はあったが、蓮夜が話を聞いてくれているため話を戻した。


「その話は気になるけど、話戻すね。私は生まれてからずっと姉さんに負け続けて来たの」

「努力しても勝てないで姉と一緒に居るのが嫌になったのか?」

「んーん、違う。家出したのは誰も私を認めてくれなかったから」

「なるほどな。まあ、続けてくれ」


 美里の家出の理由を聞いて蓮夜は『よくある話か』と思いながらも最後まで聞くべきだと自分言い聞かせて続きを促した。


「姉さんは文武両道で容姿端麗の完璧美少女で、私が必死に努力して出来たことも姉さんは当たり前のように出来て、周りの人は全員姉さんのことしか聞いて来ない。どんなに努力しても誰も褒めてくれないどころか気にも留めてないの」

「……なるほど……正直、予想以上だった」


 美里の話を聞いて蓮夜は呆れてよくある話のレベルではないと理解した。


「その姉に愚痴でも言えばいいんじゃないか?姉妹なんだから多少は許してくれるだろ」

「別に姉さんが悪いわけじゃないから、姉さんも自分の容姿に振り回されてるのはよく分かってるし」

「それで溜まったストレスで家出したと、正直に言うと俺にはよく分からないが、まあ大変そうだな」


 美里の話を聞いて蓮夜は頭をかきながらどう答えるべきか考えて返した。

 蓮夜の返しに美里は苦笑しながら返した。


「近づいて来る人が全員姉さんに近づくためだと気づいて人間不信にならなかっただけ褒めて欲しいんだけど」

「中学で初めてお前を見た時と似たような顔してるってことはあの時も同じ理由で落ち込んでたんだな」

「小学校の頃からずっとあんな感じよ。蓮夜に会うまでは姉さんともあんまり仲良くなかったし」

「あれ以前のお前を知らないから何とも言えんが、今までの態度からは想像できんな」


 蓮夜は美里と知り合ってからのことを思い出しながら今のように落ち込んでいる美里は初対面の時以来なかったためまるで想像できなかった。


「だって、蓮夜は私のことをしっかりと見てくれてたから、けど……それも終わりかな」

「なんでだ?」


 暗い顔で俯いて小さな声で呟いた美里に蓮夜は問いかけた。


「今日気づいたの、どんなに姉さんのことを隠してもいつかは蓮夜が気づく日が来るって」

「俺が気づいたからって何か変わるとは限らないだろうに」

「分からないけど、今までずっとそうだったから。友達や先生も姉さんの妹だと分かると私のことを見なくなる」

「はあ、お前の姉って誰なんだ?」


 何を言っても無駄だと思った蓮夜は美里の姉について問いかけた。

 美里は少し手を強く握りしめながら蓮夜の問いに返した。


「神宮美咲」

「あーー、なるほどなるほど、理解した。お前の言いたいことは全て理解した」


 美里から上げられた名前で蓮夜は美里がどうして精神的に追い詰められてきたかを理解した。

 悠斗や愛奈、そして美咲本人の反応からして美里の言うように美咲の妹だと分かれば誰もが態度を変えるのが当然なのだろうという考えに至った。

 そして蓮夜が美咲のことただの美少女くらいにしか思ってないことも知らないのだから美里が不安に感じるのは当然で、蓮夜がどう声をかけるべきか考え始めた。


「……気にしなくていいよ。いつものことだから……」


 美里は蓮夜が悩んでいる姿を見方が変わったことに対して何というべきか悩んでいるように勘違いし、今にも泣き出しそうな顔で必死に涙をこらえながら消えそうな声で呟いた。

 そんな美里の姿を見た蓮夜は大きくため息をついてソファーから立ち上がって美里の隣に座り、美里の頭に手を乗せて優しく撫で始めた。


「言いたいことはいくつかあるが、取り合えず我慢せずに好きなだけ泣け。俺が言いたいことは落ち着いてからゆっくり話してやるから」


 美里は蓮夜の言葉を聞くと、蓮夜の胸に顔をうずめ泣き始めた。

 美咲が原因で悩まされてきたことを愚痴としてこぼしながら泣き続けた。

 愚痴の原因こそ美咲だが、ほとんどが蓮夜に向けての愚痴だった。

 蓮夜は美里の愚痴を全て聞き流しながら、泣き続ける美里の頭を撫で続けた。

 しばらく泣き続けてようやく泣き止んだ美里は蓮夜から離れて蓮夜に顔をあまり見られように俯いて蓮夜に話しかけた。


「ありがとう……それで、さっき言ってた話ってなに?」

「そうだな。取り合えず、お前が一つ勘違いしてるってことだが、その前に水を持ってくる、泣き続けて喉が渇いただろ」


 蓮夜の言葉に美里は頷いて返した。

 美里が頷いたのを確認して蓮夜はキッチンに移動してコップに水を入れて戻って来た。

 蓮夜から水を受け取った美里は水を一気飲みしてコップを机の上に置いた。


「話を戻すが、美里。別に俺は美咲さんのこと全く興味ないぞ」

「興味ないって言われても……」

「まあ、信じられないだろうけど、悠斗とかに今度聞けば分かるだろ。正直、これに関しては証明できないから何とも言えないしな」


 蓮夜の言葉に美里は少し思い当たることがあり、蓮夜に問いかけた。


「蓮夜が姉さんのことを知ったのってもしかして先月?」

「ああ、席替えでたまたま席が隣になった時だな」

「そうだったんだ」

「ん?何がだ?」


 蓮夜の答えに納得したような声で呟く美里に蓮夜は首を傾げて問いかけた。

 美里は少し微笑んで返した。


「姉さんが言ってたから、私に興味を持たない人がいたって」

「なるほどな」


 蓮夜は美里の頭を軽く撫でてソファーから立ち上がった。


「誤解が解けたようで安心した」

「ん、その色々迷惑かけてごめん」

「まあ、それも含めてこれから言いたいことを全部言わせてもらう」

「え?」


 蓮夜の言葉に美里は首を傾げるが、蓮夜は美里のことを気にせずに真剣な顔を美里に向けた。

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