第2話 変わり者

「誰だっけ?」

「………………え?」


 美咲は予想外の蓮夜の言葉に思考が完全に止まった。

 正確には、蓮夜の言葉を聞いた周りの席に座っている親友と友達達も目を見開き、ありえないもの見たような顔で動きを止めた。

 ただ誰か質問しただけで固まった彼女達に蓮夜は首を傾げて頭を掻いた。


(なんでこいつら固まってるんだ?変な奴らだなー)


 蓮夜の考えなど知らずに思考を再開した美咲は平静を装いながら蓮夜に問いかけた。


「えっと、もしかして私のこと知らないの?」

「ああ、知らない」


 美咲の問いに即答した蓮夜の答えに美咲ではなく、周りの席に座っている親友や友達だ。

 その顔は宇宙人より遥かに珍しいものが隣にいたような驚きで目を見開いて固まっている。

 そんなクラスメイトに興味すら抱かずに蓮夜は美咲の言葉をまった。


「そ、そう。私は神宮美咲、これからよろしくね」

「神宮さんか、俺は神代蓮夜、蓮夜でいい。こちらこそよろしく」

「分かったわ。蓮夜、私のことも美咲でいいわ」

「分かった」


 蓮夜は美咲に簡素に返事をした後、また窓の外を眺め始めた。

 美咲も蓮夜が窓の外を眺め始めたので、前を向き表面上は平静を装いながら頭の中で動揺しながら状況の整理を始めた。


(私のことを知らない人が、同じ、クラスに、いた……ど、どういうこと?)


 美咲自身もこれまで自分の魅力に振り回されてきたため、自分の美貌が異常であることを自覚している。


(どうして私に見惚れないの?そもそも、同じクラスで私を知らないなんてありえるの?)


 始めての出来事に必死に考える美咲の気も知らないで、元凶は眠そうに欠伸をしている。

 例え美咲を今日初めて知った相手でも、彼女の隣でこんな態度を取る人も今までの常識では考えられなかった。


(この人一体何なの?)


 美咲が平静を装い誰にも気づかれないように横目で蓮夜を見続けた。

 朝礼が終わると、美咲の右隣の席に座っていた悠斗が立ち上がり蓮夜の席の前に立った。


「蓮夜、お前、美咲のこと知らなかったのか!?」

「お~、悠斗。席近くなったな」

「相変わらず、お前はマイペースだな。それで、どうなんだ?」

「ああ、今日初めて知った」


 驚いている悠斗の前で眠そうにどうでもいいことを言う蓮夜に悠斗は呆れながらも問いかけた。


「なんで知らないんだよ」

「そんな知っていることが常識みたいに言われてもなー」

「この町では常識だ」


 悠斗の言葉に欠伸をして首を傾げ、意味が分からないと言った顔をする蓮夜に悠斗は呆れてため息をついた。


「悠斗、蓮夜と仲良いの?」

「ああ、中一の時同じクラスでよく一緒に話してたからな」

「へえ、そうだったんだ」

(中一で同じクラスってことは、同じ中学出身じゃない。本当にどうして私のこと知らないのよ)


 悠斗の答えに平静を装いながらも頭の中では蓮夜に対して愚痴っていた。

 そんな平静を装っている美咲でも親友二人は美咲の考えを何となく察し、苦笑していた。


「美咲さんってそんなに有名なの?」


 美咲と悠斗の顔を交互に見た蓮夜は悠斗に何となく気になったことを質問した。


「ああ、美咲は少なくともこの町では知らない人がいないって言えるくらいには有名だ」

「俺知らなかったけど」

「だから、お前が変なんだ」

「そうか?」

「はあ」


 蓮夜の言葉に悠斗はため息をついて説明を再開した。


「美咲はこの町で一番の美少女と言われるほどの美人で、老若男女問わず多くの人がその美貌に魅了されてきた。そして成績優秀、運動神経抜群の文武両道容姿端麗の完璧美少女だ」

「悠斗、あんまりからかわないでくれる」

「事実を言っただけだ」


 美咲は悠斗の言葉に微笑んで答えると、美咲を見ていたクラスメイトの大半が魂が抜けたように見とれていた。

 悠斗は美咲の微笑みを直視しても少し照れたのか視線を美咲から逸らして返した。

 彼らの様子を見ていた蓮夜は悠斗の言葉が本当なのだと理解し、美咲の顔を一瞥してため息をついた。


(面倒な相手と隣同士になったわけか。美咲さんとは出来るだけ関わらないようにしよう)


 蓮夜は美咲と関わらないことを決意すると、悠斗に再び問いかけた。


「それで、美咲さんと悠斗は仲良さそうだけど、もしかして付き合ってるの?」

『!?』

「ん?」


 蓮夜の何となくでした質問でクラスメイト全員の視線が悠斗と美咲に集中した。


「そんなわけないだろ!」

「ええ、悠斗は物心つく前からよく遊んでいた友達よ」

「なるほど、幼馴染ってやつか。付き合っていることを隠すにはいい言い訳だな」

「だから、違うっていってるだろ!」

「本当にただの幼馴染なんだけど……」


 蓮夜の悠斗と美咲が付き合っているのではという発言を聞いてずっと笑うのをこらえている女子がいることに蓮夜は気づいていた。

 その女子、愛奈と中学の時何度か話したことがある蓮夜は、愛奈の態度から二人がただの幼馴染であることを理解していてあえて悠斗をからかった。

 蓮夜にとって美咲は関わると面倒な相手だが、悠斗は中学から仲の良い友達だ。

 蓮夜は平静を装うことになれている美咲の反応などに興味はなく、ただ仲の良い友人の慌てる姿を見て楽しみたかっただけだ。


(こいつ分かってるくせにわざとやってるな。愛奈も笑ってないで助けろよ!)


 悠斗は笑いを必死にこらえている愛奈を睨みつけた。

 悠斗が睨んでいることに気づいた愛奈は笑いをこらえながら蓮夜の言葉を否定した。


「蓮夜、本当に二人はただの幼馴染の親友よ」

「なーんだ、つまらないなー」

「やっぱり気づいてたな!」

「何のことだか、さっぱり分からないな」

「はあ、お前は相変わらずだな」


 悠斗の言葉にわざとらしく肩を竦めて首を傾げ、何を言ってるか分かりませんととぼける蓮夜に悠斗は呆れてため息をついた。

 愛奈も悠斗と蓮夜のやり取りを口を手で抑えて笑い声をこらえながら楽しそうに見ている。

 そんな親友二人と自分を知らなかった蓮夜を見ながら美咲は平静を装いながらも心の中では驚いていた。


(私が隣にいて、私に関係あることを話してるのに、まるで私を見てない)


 美咲は自分に興味を持たず、悠斗をからかうことを優先する蓮夜が不思議で仕方なかった。

 他の人なら間違いなく悠斗ではなく美咲に問いかけ、美咲の答えを信じる。

 今までの常識が通じない変わり者である蓮夜に美咲は興味が湧いた。


(もしかしたら、彼に関わればこれまでの日常が変わるかもしれない)


 美咲は蓮夜たちの会話に参加しているはずなのに、ただ近くにいるだけで会話に参加できていないような感覚を始めて経験した。

 これまでの日常では美咲が参加する会話では美咲が中心で周りに話を振っていたからこそ、蓮夜が中心になっているこの会話でどう参加すればいいか分からず、戸惑っていた。

 初めての経験、ありえない日常、美咲が求めていた非日常とは少し違うが、今までの常識が通じないこの状況に美咲は心の中で期待していた。

 蓮夜が美咲の常識を、日常を変えることを。

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