5
(あはは、なにこれ。なんだか可笑しい)
颯太と笑顔で見つめ合う。さっきまでの緊張が吹き飛んでしまったような晴れやかな気持ちで、彼の次の言葉を待った。
「……」
「……」
だが、いつまで待っても次の言葉が来ない。
(え?)
奏は、やり遂げた感満載の満面の笑みで自分を見つめる颯太に、絶句した。
(まさか、これで終わり? いやいやいやまさかまさか。ここまで期待させといてこれだけだなんて、そんないくら何でも)
だが颯太は満足げに「はあーっ」と息を吐く。その幸せそうな顔を見つめる奏の胸にふつふつと怒りが沸いてきた。
(何これどういうこと? コクるんじゃないの? 普通コクるよね、絶対コクるよね。それともこれでもうコクったつもりなの? ひょっとしてアレ? かの有名な『月が綺麗ですね』的な?
令和も2年目の今時の女子に向かって、そんな明治な言い回しが通用するとでも思ってんの? 冗談じゃないよ、そんなので納得出来るわけないでしょ。
だいいち、モモチーにどう説明すればいいの。後で絶対にライン来るよ。『どうだった?』って。
『これからもよろしくお願いされました』って返すの? 馬鹿でしょ、お笑いでしょ、伝説になって十年先までネタにされちゃうよ。どうしてくれんのこの馬鹿タカナシ!)
「はは……、やっと言えた」
(言えてないよっ!)
俯いて照れくさそうに頭を書く颯太は、奏が噛みつかんばかりの形相で睨み付けていることにも気付いていない。
(こっ、このヘタレ男……)
でも……、
この人はずっとこういう人だったな。そう思うと、今度は無性に笑いがこみ上げてきた。
「ぷっ……、あはははっ!」
「え? は、あはは……」
突然、声を上げて笑い出した奏に釣られるように、颯太も笑い始める。
「うんっ、うんっ。私もよろしくねっ」
笑いながら、右手を差し出した。
颯太もおずおずと手を伸ばし、意を決したように奏の手をぎゅっと握った。その予想外の力強さに奏の方が驚いたが、同時にさっきの肩透かしへの怒りを思い出し、急にこの男に仕返ししてやりたくなった。
彼の手を両手で掴んで、グイと引っ張る。
それで少しでもよろけたらザマアミロというつもりだったのだが、屈強な男子の体はビクともせず、代わりに自分の方がバランスを崩してしまった。
「あっ」
少し俯いた姿勢で一歩踏み出し、颯太の胸に頭をトンと当ててしまう。
「え……」
これには颯太も本気で狼狽えた。
「す、鈴木。ちょっ」
すぐに離れようとした奏であったが、颯太のあまりの慌てっぷりが可笑しくて、逆にグリグリと額を押し付けて行く。
(ざまあ見ろ。もっと困れ)
そう思うと少し笑えてきた。笑いながら、改めて思う。
(ああ、私はやっぱりこの人のことが……)
頭を引いて、彼の顔を間近に見上げる。
「鈴木……」
「あのね、高梨君。私もずっと言いたかったことがあるんだよ」
「う、うん」
戸惑う彼にニコッと微笑んで。
手を掴んだまま、頭ひとつ高い彼に向かって精いっぱい背伸びをして。
緊張で真っ赤になっている顔に、そっと頬を寄せ。
その耳元に、唇が触れそうなくらい近くから。
「
『卒業の春に』 たかもりゆうき @999896
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます