―*―*―*―


 バカチンは、昇降口を出た所で奏を待っていた。


「行こうか」


「ん」


 短い会話の後は、長い沈黙。

 校門を出た二人は言葉を交わすことなく、黙々と歩き続けた。


(えええー、これってどういう状況? 私、どうすればいいの? 男子と並んで歩くなんて今までしたことないし。ましてや高梨君とだなんて……)


 胸が高鳴るどころではない。心臓の音が大きすぎて颯太に聞こえやしないかと本気で心配になるほどだ。


(こういう時って、恋人同士だったらどうするんだろう。手を繋いだりとか、腕組んだりとかかな。あれ?手ってどうやって繋ぐんだっけ。子供の頃は普通にやってたはずなのにやり方忘れちゃったよ。腕組むって? え、ちょっと待って、あれって確か女の人の方からするんだよね。てことは私がやるの?! 無理無理無理無理!)


 既に奏の頭の中からはクラスメートの顔など綺麗さっぱり消えている。

 心は現実世界を離れ、視線は宙を彷徨い、街の音も耳に届いていない。何処を歩いているのかも何処に向かっているのかも、放心状態の奏には全てが夢の中だった。


―*―*―*―


 気が付くと、池の畔に立っていた。


「あのさ」


 突然の颯太の声で、ハッと我に返る。


(えっ、ここ何処? 池? 公園? あっ……、シラサギ公園かぁ)


 シラサギ公園は、街の東部に位置する市民の憩いの場だ。

 休日には大勢の人々が訪れ大変な賑わいを見せるこの場所も、平日の今日は人出も少なく閑散としていた。

 大きく深呼吸をひとつすると、今日初めて颯太の顔をまともに見ることができた。


「はい」


 颯太は緊張した面持ちで奏を見つめてくる。


「三年間、ずっと同じクラスだったな」


「はい」


「なんだか長かったような短かったような……、よくわかんないけど」


「はい」


「でも、一緒にいられて楽しかった……と思ってる」


「はい」


 もう颯太以外の何も目に入らない、何も聞こえない。何も考えられない。

 彼の放つ一言一言だけが、胸の奥に突き刺さるように響いていた。


「それであの……、どうしても言わなきゃ、じゃないや。言いたいことがあるんだ」


「はい」


「あの……、一緒にいられて嬉しかった」


「うん、私も」


「だらかその、ずっと側にいてくれて有難うっていうか」


「私の方こそ有難うだよ。そんなことを言ってくれるなんて、ほんとに嬉しい」


 嬉しすぎて、涙が出そうだ。


「だっ、だから! あのっ、えっと!」


「はい!」


「こっ、これからも! よろしくお願いしますっ!」


 颯太はそう叫んで、頭を深々と下げた。


「こちらこそ! よろしくお願いしますっ!」


 奏も思わずお辞儀をしながら、大声で答える。

 暫くそうした後、二人はほぼ同時に頭を上げた。


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