第6話 最終話
なんだろう。この暖かい感覚は。
暖かいだけじゃない。とても安心するしいい匂いがする。
--分かった、これは抱き枕だ。
そうか、明井がくれた抱き枕でも眠れるようになったんだな。
寝起きでボーッとしながらも、別の抱き枕で眠れるようになった自分に成長を感じながら今は何時だろうかと霞んだ目を擦ると、俺は明井に抱きついていた。
「なんだ、明井か。そりゃ抱きついてるのが人間なら暖かいわな……って明井⁉︎」
「ふあぁ〜……。おはよ……」
抱き枕を抱いていたと思っていたのに、俺が抱いていたのは明井だったのだ。思考回路が停止し状況が飲み込めない。
てか明井、呑気すぎるだろ。大学生の男女が一つ屋根の下で寝ているこのヤバ過ぎる状況理解してる?
え、俺意識失ったまま明井に手出したりしてないよな、なんか怖くなってきたんだけど。
「おはよ、じゃなくて。なんで明井が俺と一緒に寝てんの?」
「わ、私だって別に一緒に寝たくはなかったけど……。急にあんたが玄関の前で倒れるから。部屋に運んできてどれだけ抱き枕渡してみても投げ捨てるし、試しに横に寝転がってみたら私に抱きついてくるんだもん」
あぁ………。なるほど。
明井の意思で俺に抱きついていた訳ではなく、俺のせいで明井は俺に抱きつかれる羽目になったと。
てか無意識で明井に抱きついていってたのね俺。無意識で女の子に抱きつくとかクズかカスのどっちか、いや両方だな。
「……本当にごめん。抱き枕、捨てちゃって」
「いいよ。あんなボロい抱き枕が落ちてたら誰だって捨てたくなるって。それより勝手に抱きついた事を謝らせてくれ」
責任を感じてしまっている明井を庇うためにそうは言っているものの、抱き枕がなくなったという最悪の状況は改善されていない。
そのうち慣れて眠れるようになるのかも知れないが、それまではまた意識を失うまで眠れないという状況が続いてしまうだろう。どうにかならないものか……。
「べ、別にいいわよ。横に寝転がったのは私からなんだし」
「いや、本当にごめん」
「……あんたがさ、新しい抱き枕だと眠れなくて、私に抱きついたら眠れるって言うなら……。これからも一緒に寝てあげようか?」
……は? 今なんて言った? これからも一緒に寝てあげようかって?
確かに抱き枕は投げ捨てたというのに明井に抱きついてぐっすり眠れていたのだから、これからも明井が抱き枕代わりになってくれれば俺の安眠は確保される。
「……そ、それは流石に申し訳ないって」
一瞬俺の気持ちはぐらついたが、流石にカップルでもない大学生の男女が毎日抱きつきながら眠るのはヤバすぎる。俺は明井からのありがたい提案を断ろうとするが、明井の目は真剣だった。
「抱き枕を捨てた責任、取らせてくれない?」
「……それじゃあ」
こうして俺はこの日から毎日明井に抱きついて眠るようになった。抱き枕は無くなってしまったが、明井に抱きつく事でぐっすり眠る事が出来た。
もちろん、ただの隣人の明井に対して俺が変な気を起こす事はなかった。そう、隣人の明井に対しては。
俺は母親代わりとして大切にしていた抱き枕を失った代わりに、一生手放す事のない最高の抱き枕を手に入れたのである。
アパートの隣人は俺の新しい抱き枕 穂村大樹(ほむら だいじゅ) @homhom_d
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