第4話 消失
窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。本来なら清々しい朝を迎えているはずの俺は呆然としたまま布団も引かず床に寝転がっていた。
抱き枕を失った俺は一睡も出来ず翌日の朝を迎えてしまったのだ。
大学生にもなって流石にオールはきついな……。いや、むしろ今がバリバリオールする年代か。
今日も大学に行かねばならないため、疲労した体をなんとか持ち上げて鏡の前に立つ。
身支度を始めるが、目の下に出来ていた酷いクマを見た俺は途中で身支度をやめた。もうこの状態なら多少寝癖があろうが髭が生えていようが関係ないだろう。
身支度を諦めた俺が家を出ると同じタイミングで隣人の明井も玄関から出てきた。
明井の事を気にする余裕は無いので気づかないフリをして大学に向かおうと思った矢先、明井の方から俺に声をかけてきた。
「お、おはよう。昨日は悪かったわね」
ま、まさか明井の方から話しかけてくるとは……。
まぁ流石の明井も昨日の俺が落ち込んだ姿を見たら申し訳ないと思ったのだろう。明井が本当のクズでなくてよかった。
「ああ。別に気にしてない」
「そう。ならよかった……ってあんたなんか顔色悪くない?」
「いや、いつもこんな感じだから。それは俺をディスってるって事でいいか?」
「べ、別にそんな訳じゃ」
「冗談だよ。それじゃ」
明井からの指摘を冗談で笑い飛ばし、俺は大学へ向かった。
◇◆
一睡も出来ないまま大学に行った俺はフラフラしながらもなんとか倒れる事なく帰宅した。
普段であれば好きな漫画を読んだりゲームをしたりと有意義な時間の使い方をするのだが、今日は酷い疲労で俺はそのまま布団に倒れ込んだ。
酷い疲労だというのに横になっても眠ることが出来ない。流石にニ徹はまずいので何とか眠りにつこうと思った俺は、明日の朝まで何もせず布団の上でボーッとしながら横たわっている事を決めた。
◇◆
……ダメだ。寝れん。
俺は昨日、眠りにつくために帰宅してから昨日の朝までずっと横になっていたのだが、結局ニ徹で次の日を迎えてしまった。
目の下のクマは酷くなる一方。
こんなに睡眠を欲しているのに抱き枕がないと一睡もする事が出来ないだなんて繊細にも程があるだろ……。
今日は大学に行く予定もないのでコンビニに軽食でも買いに行こうかと思い家を出ると、再び明井と家を出るタイミングが被ってしまった。
「……はぁ。おはよ」
「今ため息が聞こえた気がしたんだけど」
「気のせいだよ」
今は誰とも関らずただ眠りにつきたい。そんな俺の欲求を阻害するかのように明井と家を出るタイミングが被ってしまい思わずため息が出た。
「まぁいいけど……ってあんた、昨日より顔色悪くなってない⁉︎ 風邪でも引いてるの⁉︎」
「いや、風邪は引いてないんだけど、なんか眠れなくて……」
「何、夜間のバイトでもしてるの?」
「いや、その……。抱き枕が無くなったら眠れなくなった」
「は⁉︎ そんな理由⁉︎ あんたは子供か何かなの⁉︎」
子供で悪かったな。俺はお前が抱き枕を捨てたせいでこんな目にあってるってのに子供呼ばわりとはいいご身分だな本当。そこまでいうならお前に抱きついてやろうか。
「子供で悪かったな。それじゃあ」
明井に捨て台詞を吐きながら俺は最寄りのコンビニへと向かった。
コンビニでは軽食だけ購入し、すぐに帰宅した俺は倒れる様にして布団に寝転がった。……ダメだ、眠たいのに眠れない。
これはもう死ぬやつなのではないだろうか。人が死ねば最後は永遠の眠りにつく訳だが、眠れなくて永眠した前例とかあるんだろうか。前例は覆すためにあるとは言うが、そんな前例覆したくもない。
二日間眠りにつけなかったせいか俺の思考は馬鹿になっており、くだらない事ばかりが頭に浮かぶ。そんな事ばかり考えていると唐突に俺の家のインターホンが鳴った。
大学生活が始まってから一ヶ月、俺の家を訪ねてきた人は配達のおっちゃん以外一人もいないので誰かが訪ねてくるとしたら配達のおっちゃんだ。
確かに今日、先日通販で購入した服が届く予定はある。
しかし、俺が配達に指定した時間は夜で今はまだ昼前。まだ配達のおっちゃんがくる時間ではないし不可解ではあったものの、とりあえず家の扉を開けると扉の前には大きな袋を持った明井が立っていた。
「ど、どうした。そんなでかい袋持って」
「これ、渡しに来たんだけど」
「……これ?」
「抱き枕よっ。あんたが抱き枕が無いと眠れないとかほざくから買ってきてやったんじゃない」
「お、おお」
明井が玄関の前に立っていた事には驚いたが、それよりも明井が俺のために抱き枕を買ってきてくれた事に驚いた。
今まで明井は俺に対して恩を仇で返すような行為をしてばかりだったので、まさか俺のために抱き枕を買ってくれるだなんて思っていなかった。
「なんでわざわざ?」
「だ、だって……。抱き枕を捨てちゃったのって私だから。流石にそれで体調悪くなられたら寝覚が悪いじゃない」
「そうか。それならありがたくいただくよ。ありがとな」
「べ、別に。私が悪いんだからお礼なんていらないわよ」
「いや、悪いのは抱き枕を落とした俺だから」
「ふんっ。それじゃ」
そう言って明井は自宅へと戻って行った。まさか明井がこんなに優しい奴だったとは……。今まで悪魔のようだった明井が今は羽の生えた天使のように見える。
とはいえ、俺は昔から使っていた愛用の抱き枕でしか眠れない事を知っている。
しかし、すでに二徹をしている今なら、別の抱き枕があれば眠れるかもしれない。
体はもう限界だ。今日寝れなければさらに酷い状況に陥ってしまう。
俺は微かな希望を抱きながら布団に倒れ込んだ。
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