第3話 抱き枕の紛失

 最近ついてないと思うと何もかもが上手く行かないような気がしてくる。

 明井の事だけではない。通販で気に入って購入した服のサイズが届いてみたら若干大きかったり、スマホを落として画面が割れたり、送料無料だと思って購入したら送料がかかっていたり。


 これでは負の連鎖になってしまう。悪い流れを断ち切らなければと思った俺は大好きな抱き枕を洗濯する事にした。


 抱き枕を洗濯して天日干ししておくと、その日の夜はお日様の匂いがする抱き枕を抱いてぐっすり眠ることができるのだ。そんな贅沢な夜を楽しみにしながら俺は大学に向かうため家を出た。





 ◇◆




「--無い⁉︎ なんで⁉︎」


 大学から帰宅した俺は天日干ししていた抱き枕をしまおうとテンション高めで鼻歌を歌いながらベランダに出た。

 しかし、ベランダに干しておいたはずの抱き枕がどこにもない。俺の身長の半分程ある大きな抱き枕を見逃すはずもないのでベランダの隅に落ちていたりする事はあり得ない。


 もしかしたらベランダから落ちたのではないかと思いアパート周辺を探してみたが、抱き枕は見当たらなかった。


 特に風が強い訳でもないので飛んでいくとも考えづらいし、人の家の抱き枕を誰かが盗むとも考えづらい。猫やカラスが持っていくにはサイズが大きすぎる。あんな大きな物普通なくならないだろ……。

 抱き枕を探し終えた俺は無くなってしまった抱き枕の事を考えて肩を落としながら家の前に戻ってきた。


  すると、俺が玄関の扉を開けて家に入ろうとしたタイミングで明井が帰ってきた。

 これはナイスタイミングだ。自分から明井に声をかけるのは不本意なのだが、藁にもすがる思いで俺は明井に声をかけた。


「明井‼︎ 俺の抱き枕知らねぇか⁉︎」


「ちょ、ちょっと急に近寄らないでよ気持ち悪い」


「あ、すまん。気が動転してて」


「なんの用? 血相変えて」


「ベランダに干しといたはずの抱き枕がないんだよ。どこに行ったか知らないか?」


「ああ、あれ。あんたのだったの。捨てといたわ」


「捨てたぁ⁉︎」

 

「ええ。びしょ濡れだったしずっと家の前に放置されても困ると思って」


 俺は明井から放たれ衝撃の一言に思わず大きな声を上げてしまった。俺の命と呼んでも過言ではない程大切な抱き枕を捨てただって⁉︎ 

 とんでもない事実を聞いてしまった俺は分かりやすく肩を落とした。


「な、なによ。悪い?」


 俺の大声に驚いたのか、明井は一歩後退りしながら少し怯えているように見えた。

 冷静になって考えてみれば、自分が住んでるアパートの前にびしょ濡れの大きな抱き枕が落ちていれば気持ちが良いものではない。

 しかも、それを見つけたのが丁度ゴミの日の朝だとなればゴミとして出してしまう気持ちも理解出来る。


 そう考えると、俺が明井に向かって大声で怒鳴るのは違う気がした。


「……いや、ごめん。大きな声出して悪かったな」


「べ、別に構わないけど」


 明井に聞けば何か分かるかも知れないと思ったが、分かったのはもう大切な抱き枕が俺の元に戻ってこないという事だけだった。


 そして俺は意気消沈のまま、自宅へと帰って行った。


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