第2話 二つ目の落とし物

 優しさで鍵を届けてやったにも関わらず気持ち悪いと言い残し俺の手から鍵を奪い取った女性はどうやら俺と同じ大学に通う明井紗夜あけいさやという女の子らしい。


 見た目は清楚で「可憐」という言葉が相応しいようにも思えるが、家の鍵を拾ってくれた恩人に対して気持ち悪いと吐き捨てる行為には「横暴」という言葉が相応しいだろう。


 昨日起きた衝撃の出来事が忘れられない俺は今日も講義に集中出来ないでいた。

 まぁ感謝されるとばかり思っていた俺にも若干罪はあるのかもしれないが、あの状況なら誰だってそう思うだろ。


 清楚で可愛らしい女の子なのに性格は最悪。中身まで可愛い女の子なら隣人として俺の方から友達になりたいと思ったかもしれんが、たとえ明井の方から友達になりたいと言ってきたとしてもこっちから願い下げだ。俺が明井と関わる事は二度とないだろう。


 そう思いながらも結局講義中は明井の事ばかりを考えてしまい、講義の内容が頭に入ってくる事はなかった。




◇◆




 未だに明井に対する憎悪は抜けきらないが、隣人だし意図せずともこれから顔を合わせる機会はあるはずなのでいつまでも恨みを抱えている訳にはいかない。落ち着けと自分に言い聞かせながらアパートに向かって歩いていると、道端に財布が落ちているのを見つけた。上品な白さにブランドのロゴが多くあしらわれた財布は明らかに女性物の財布だった。


 ……いやまさかな。流石にそれはないよな。


 昨日鍵を見つけた時と状況が似ていて既視感があるがまさかそんな訳はない。まぁ仮にそうだったとしても昨日落ちていた鍵とは違ってアパート名が書いてある訳でもないし、財布の中身を覗き見るのも気が引けるので俺が財布を拾ったところでどうしようもない。それならこの財布は拾うべきではないだろう。


 ……いや、交番に届ければいいのか。よくよく考えてみれば昨日だって態々自分で持ち主に届ける必要はなかった。最初から大学か交番に鍵を届けていれば昨日のように嫌な想いをせずに済んだはずだ。


 何をボーッとしてたんだか……。俺は昨日の行動を悔いながら財布を拾って交番に届ける事にした。


 アパートを通り過ぎてしばらく歩いたところに交番があるため、そこまで財布を届けようと歩いていると、下を向きながら何かを探すような仕草でゆっくりと歩いている女性の姿があった。


 あれは……明井だ。まさか、まさかだよな。まさかこの財布が明井の持ち物って事はないよな。この状況を見られたらまたどんな勘違いをされるか分かったもんじゃない。俺から関わりに行きたくはないんだけど……。


「なんか探してるのか?」


 本当は声をかけたくなかったが、もしかしたら財布をなくして困っているのではないかと考えると俺の良心は黙っていなかった。


「あんたには関係ないでしょ。気安く喋りかけないでくれる?」


 ほら見たことか。ただ声をかけただけでこの拒絶反応だ。いくら明井の性格が悪いとはいえ、美少女から敵意剥き出しにされるのは辛いものがある。


「あっそ。俺もあんたに用事は無いからな。早く交番に財布を届けにゃならんし」


「え、財布?」


 俺が財布というワードを口にした瞬間、明井は目の色を変えて俺に詰め寄ってきた。うわーめっちゃ既視感デジャヴ。てか近いって。俺のこと嫌いなのに自分の事になると何でこんなに距離近いの。抱きしめようか?


「……この財布なんだけど」


「それ‼︎ 私の財布よ‼︎ あーもう鍵といい財布といいなんであんたが私の持ってんのよ‼︎ ストーカーか何かなの⁉︎」


「いや、ほんとに拾っただけなんだけど」


「うるさい‼︎ 早く返して‼︎」


 そういうと明井は例の如く俺の手から財布を奪い取り、家へと帰っていった。


 俺、何か悪いことしましたか神様……。

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