第17話
「世界に一つだけの花」
一人の女の子がいました。
その女の子は自分に自信がなくて、周りの子と馴染めずにいました。
けれど、そんな女の子にも一つの楽しみがありました。
それは、みんなにお花をあげることです。
女の子はお花屋さんの子どもで、お母さんと一緒に、お店に来た人に素敵なお花をプレゼントします。
女の子は、お店に来た人が、花束を抱えて、笑顔で帰って行くのを見るのが大好きでした。
女の子は、自分のお家にお花がたくさんあることが、とても嬉しかった。
女の子はお花が好きなので、一日中お花について考えていました。
そして、女の子はあることに気がつきました。
お花を渡したら、みんなと仲良くなれるのでは、と。
次の日から、女の子はさっそく、みんなにお花を配り始めました。
すると、みんな笑顔になってくれました。
女の子はそのことが嬉しくて、それからも、みんなにお花を選び続けました。
それを続けていると、だんだん、女の子は、誰にどのお花を渡せばいいのか、なんとなく分かるようになってきました。
この子にはこのお花が。あの子にはあのお花が。
そうして、女の子はしだいに、みんなのイメージをお花にしてみるようになりました。
みんなと仲良くなって毎日楽しく過ごしていた女の子はある日、病気になってしまいました。
お母さんと病院に行くと、お医者さんは深刻そうに私とお母さんを見つめてきました。
そして、お医者さんは言いました。
「君の命は、残り少ない」
私は、お医者さんの言葉の意味を、すぐには理解できませんでした。
けれど、お母さんはすぐに分かったみたいでした。
そのときのお母さんの顔はとても悲しそうで、お父さんが昔事故で亡くなってしまったときと同じ顔でした。
お母さんの泣いていた顔は今でも忘れられません。
それから、私は時間をかけて、自分がもうすぐ死んじゃうんだということを知りました。
私は、よく分からないままとても悲しくなってしまいました。
全ての色が褪せて、生きる意味を見失ってしまったのです。
お母さんは、そんな私を見て、私が死んじゃうことを言わなければよかった、と何度も謝ってきました。
そのときのお母さんは、私が死んじゃうことを知ったときよりも悲しそうな顔をしていたので、私はとても申し訳なく思いました。
すっかり落ち込んでしまっていた私は、毎日がつらくて、毎日泣いていました。
そんな中、お医者さんから「奇跡だ」と言われました。
私の病気が、私の身体の中からいなくなったのでした。
私とお母さんは抱きしめ合って泣きました。
それからしばらくは病院に通っていましたが、異変もなく無事に退院できました。
日常に戻った私は、自分の心がすっかり変わってしまっていたことに気がつきました。
私はいつの間にか、自分の人生を諦めることを毎日病院で続けていたので、幸せを感じることができなくなっていました。
病気はすっかりなくなっていたのに、毎日がなぜかつらくて、楽しくありませんでした。
そこで私は、自分が好きだったことは何だろう、と考えてみました。
そして、気がつきました。
私はいつからか、誰かにお花を選ぶことをしなくなっていました。
それに気がついて、嬉しくなった私は、働いているお母さんのところに行きました。
私がお母さんを呼ぶと、お母さんは笑顔で振り向いてくれました。
ですが、私はそんなお母さんに首をかしげました。
お母さんの後ろに、お花がみえるのです。
お母さんの後ろには、きれいで大きな白いカーネーションがありました。
びっくりした私は何度も目をこすりました。
でも、お母さんの後ろにはやっぱり、白いカーネーションがありました。
きれいなお母さんには、きれいなカーネーションがとてもよく似合っていました。
お母さんに見とれていると、お客さんがやって来ました。
なんと、そのお客さんの後ろにもお花があるのです。
そのお客さんのお花は、少し色褪せていて、なんだか元気がないようにみえました。
だから私は、お客さんの後ろにあるのと同じお花を選んであげました。
お母さんもお客さんもびっくりしていました。
けれど、お客さんは私からお花を受け取ると、とても嬉しそうに笑いました。
そして、お客さんの後ろにあるお花の色が、さっきよりも濃くなって、きれいになりました。
私は、お客さんが元気になって帰っていったのを、とても嬉しく思いました。
なので、私は毎日、友達や家族、お客さんや初めて会う人たちにお花を選んであげるようにしました。
みんな、とても喜んでくれました。
私も、とても嬉しくなりました。
ですが、私や周りのみんなが大きくなるにつれて、私がお花を渡すと、びっくりされるようになりました。
いつの間にかみんなの後ろにあるお花は小さく薄くなって、昔みたいに笑う人が少なくなっていくのを、私は見続けてきました。
私がお花を渡すと、ほとんどの女の子は笑顔になってくれましたが、男の子は渡したお花を振り払うようになりました。
私は、それがとても悲しかったです。
口角を上げながら私をバカにしてきました。
ですが、私には分かりました。
そうする人ほど、自分に自信がなくて、毎日つらいということを。
だって、後ろにあるお花が、モノクロだから。
私はそういう人にこそ、元気になってほしかったのですが、私の力が足りなくて、思うようにはいきませんでした。
ですが、私は少しばかり変でも、誰かにお花を渡すということを続けました。
どうか、元気のない誰かが、ちゃんと元気になれますように、と願いながら。
そんなある日、一人の男の子と出会いました。
本当は、その前から男の子のことは知っていましたが、男の子の方は私のことを知らないようでした。
私はその男の子を見たとき、そしてその男の子の後ろに集中したとき、とても驚きました。
その男の子の後ろに、お花がなかったのです。
こんなことは初めてで、私はすぐにその男の子に声を掛けました。
男の子は、私が声を掛けたとき、とても嫌そうにしていました。
私は、どうしてもこの男の子に元気になってほしいと思いました。
だから、嫌がる男の子を連れて、公園に行きました。
男の子は私を怪しんでいましたが、私の言うことをしてくれて、一緒に遊びました。
とっても楽しかった。
きっと、男の子も楽しんでくれたと思います。
だって、男の子の表情が、さっきとは全然違ったからです。
私は、男の子と次も遊ぼうと約束しました。
私は帰ってからお母さんに男の子のことを報告しました。
久しぶりに、男の子に、私がお花を渡そうとして、拒絶されなかったからです。
私はそれが、とても嬉しかった。
それから、私は男の子と海へ行ったり、私が大好きだったお花畑に行ったり、一緒に夏祭りで遊んだりしました。
そして、私はいつの間にか、その男の子に恋をしていました。
私の家であるお花屋さんで、小さな女の子にお花をプレゼントしていたときが、男の子にときめいた一つ目かな。
あとは色々あるけど、お花畑に行った日、私が自分のしていることに自信が持てなくなったとき、男の子がそれでもいい、って言ってくれたときも、すごくときめいた。
それは、男の子と関わり出してから、ずっと不安に思っていることでした。
私が誰かにみているお花は、実は自分がその人に対して抱いている印象なんじゃないだろうかと思い始めていました。
それを人に押し付けて生きてきたんじゃないかと、とても不安でした。
けれど、男の子は、それでも私と一緒にいてもいいと言ってくれました。
あのとき、私は泣きそうになりました。
私が一番大切にしていたことを忘れていたことに、男の子が気づかせてくれたからです。
人は、本当の自分を表現したくて、生きている。
だから、例え社会や常識、この世界が正解だとしているものに当てはまらなくても、自分が信じているもの、大好きなものを選ぶ。
自分が抱いた感情や選んだものに、後ろめたさなんていらない。
そのことを、男の子は思い出させてくれたのです。
そして、お花畑に行った日、その少し前から発症していた膝の痛みが私を襲いました。
油断していました。
男の子に心配させてしまって、とても申し訳なかった。
私はこの膝の痛みに身に覚えがありました。
かつて、余命宣告されたときに患っていた病気のときと同じ痛みでした。
そして私は、分かっていました。
今度こそ、自分は死んでしまうのだと。
僕は、すっかり濁ってしまった視界をリセットするために、袖で目元を擦った。そして、気がついた。彼女の字が、目に見えて乱れ始めていることを。この頃から彼女は、おそらく文字を書くのも大変なほど、衰弱していたのだろう。僕は身体が弱くなった彼女を思い出すのが怖くて続きを読むのを少しだけ躊躇った。けれど、読まないことは絶対に許されない。だから僕は、大きく深呼吸をした。優しく見守ってくれている彼女の母親と目が合った。彼女の母親は、そんな僕に向かって、ただ微笑むだけだった。
僕は、覚悟を決めて続きを読み始めた。
今度こそ、自分は死んでしまうのだと。
けれど、私は、まだ日常を送っていたかった。
誰かに花を選ぶ。
それを続けたいと私は思って、そうすることを選んだ。
男の子に私が言うように、私も自分に正直になって、例えそれが誰かを困らせてしまうことになっても、私は最期に、男の子に花を選びたいと思うようになった。
実際、私はお母さんや男の子に心配をかけて、とても悲しませてしまうことになった。
夏祭りが終わってから、怖くなって、私が男の子に別れを切り出したとき、男の子をとても悲しませてしまって、私はずっと後悔していました。
ですが、君はそれでも、私に会いに来てくれました。
そう、もうとっくに分かっているとは思うけど、この物語で出てくる男の子っていうのは、君のことだよ。
そして、ずっと出てきている女の子っていうのは、私のこと。
そういえば、途中から「私」に変わってるね。感情移入しすぎたかな(笑)
君は、私からたくさん受け取ったものがある、と言ってくれました。
私は、ずっと怖かった。
みんなに、ちゃんと何かを与えることができているのかが、分からなかった。
君は何度も、私にお礼を言ってくれた。
でも、お礼を言うのは私の方。
だって、私の方こそ、自分の起こした行動が、誰かを喜ばせることができたって、知ることができたから。
本当に、ありがとう。
君は花を「見つける」という言葉を使っていたけど、私には誰かの花を見つける力はない。
私ができるのは、その人が元々持っているいくつもの花の中から、その人が選びたい花を選ぶ手助けをすることだけ。
だから、焦らなくてもいいんだよ。
君には、すでにたくさんのきれいな花が備わっているから。
ただ君は、どの花を選ぶのか、まだ決めていなかっただけ。
でも、君はようやく、自分の花を決めたんだね。
私はある日、病室にやって来た君の後ろに、きれいな花があるのがみえた。
そして、思った。
やっぱり、私が誰かに視ている花は、きっと私がその人に抱いているイメージであり、私がその人から見たいと思って選んだものだと。
きっと、世界みたいに、客観的にその人を見たら、きっと私が見ている花とは全然違う花を持っているんだろうな、って思う。
君のおかげで、今はそれでもいいや、って思えるようになったよ。
むしろ、きっとそれがいいんだろうね。
一人一人、違う心を持っているように。
一人一人、違う世界を見ているように。
もしも私と同じように、誰かの後ろに花を視ることができるのなら、きっと全員、違う花を見ている。
みんな、自分がその花を見ようと、選ぶ。
君は覚えてるかな。
お花畑に行ったときに立ち寄った展示場で、君が私に似合ってるって言ってくれた花があったのを。
あのときの私は、まだ君の花が見えていなかった。
けど、私も君にあの花がぴったりだと思ったんだ。
だから、あのときはすごく驚いた。
そして、もっと驚いたのは、そのあとに君に種を選んでもらったとき。
私が、寿命が縮んだことに取り乱して、君が私に花を選んでくれようとしていたのに、待てなくなって無理やり選んでもらったあの日。
あのときに君がえらんでくれた種は、まさにその花の種だったんだ。
そして、私が君から見えた花も、同じ花だった。
本当に、びっくりするよね。
でもね、私の花も、君の花も、同じだけど、違う。
みんな、本当の自分を表現したくて、人がみんなそうであるように、花の種類も限られているけど、よく見ると一つ一つ、違う。
みんな、世界に一つだけの花を持っていて、それを表現しようと生きている。
自分はこういう人間だって、型にはめる必要なんてない。
私の花が咲いているのを、君はもう見たのかな?
生きているうちに君とこたえ合わせしたいけど、それはむずかしそう。
見てのとおり、もう、これ以上、字をかくのもむずかしそうだから。
ほんとうに、今までありがとう、つむぐくん。
つむぐくんには、私から見えた花をあげます。
私にとってのあなたは、この花のような存在でした。
そこまでを読み終えた僕は、ゆっくりと、紙のページが擦れてめくれる音を耳にしながら、物語の最後のページを開いた。
そこにあったのは、ページいっぱいに広がる押し花だった。
僕にとって、彼女は光だった。そしてどうやら、彼女も、僕に同じものを抱いているようだった。
僕と彼女の、ノンフィクションのこの物語に幕を閉じるとしよう。彼女は否定していたけれど、彼女が見ていた花々は、世界が見ている花々と同じ。彼女の見ていたものは、この世の真実だったのだろうと、僕は思う。
最後のページに、押し花が貼られてある。そしてノートの端に、その花の名前と、花言葉が添えられていた。
僕は、彼女がノートで述べていたように、彼女の遺影の側にある植木鉢からノートの押し花と同じ花が咲いているのを確認した。思わず、僕は微笑んだ。
君が僕に選んでくれた花。そして同時に、僕が君に選んだ花。
それは…………
白いアネモネ。
花言葉は、
「希望」だ。
僕にとって彼女が希望だったように、彼女にとってもまた、僕は希望だったのだ。
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