翌日、
翌日、朝比は出勤する私についてきて、一日中周りを飛んでいた。だから帰りに「気が散る」と言ったら、「慣れるよ」と言って、けれど次の日はついてこなかった。
悪いことしたかな、と思った翌日には、また社内をふわりと飛んでいた。
「会社、おもしろい?」
水曜日の夜、ベッドに寝ころびながら、ただ人が仕事してるだけじゃない?と尋ねると、
「おもしろいよ。いろんなとこ自由に見て回れるのって俺たちの特権じゃん」
「まあ、たしかに」
「ていうか、いつまでもスマホ触ってないでさっさと寝ろよ。夜更かしはいろんな悪循環の元になんだから。あと美容の大敵だろ?」
「そうだね……ていうか、もはやおかん通り越してるね」
そんな会話をした夜の翌日には、会社帰りに食料品と日用品をいくつか買うためにスーパーに寄った。
ふわふわとついてくる朝比を横目に、洗濯用洗剤、豆腐、カップスープ、冷凍のパスタと唐揚げ、牛乳をかごに入れ、お惣菜売り場をぶらりと一周したあと、レジに向かおうと足を進めたときだった。
「香名、豚肉安売りしてた」
「豚肉?」
朝比がすぐ隣に来て声をかけてきた。少し移動して、人気がないお酒売り場の通路に入る。周りに人がいないことを確認してから小声で聞き返した。
「豚のヒレ肉。100g98円だって」
「でも、ヒレ肉ってうまく料理できたことない」
店内に流れている曲のおかげで思ったより声は広がらない。
「そーなの? 味噌漬けにするとうまいよ。家に味噌ある?」
「あるけど」
「俺が教えてやるから」
「でも、仕事で疲れて料理あんまりしないんだよね。面倒で」
「でも嫌いじゃないんだろ? 土曜日休みなら一緒に作ろーぜ」
……まあ、いいか。私がうなずくと朝比は満足そうに笑って、「じゃ、玉ねぎもな」と誘導するように売り場に向かい始める。
その後ろ姿を目で追いながら、また、ちらりと頭をよぎる疑問―――自殺した人間が罰として、死にたい人間に見えることを仕事として課せられている、って、どういうことだろう?
繰り返し言葉をなぞってみても答えが見つけられなかったから、深く考えることはもう放棄している。
金曜日には職場の人と飲んできた帰り道、アパートが見えてきたころに「おかえりー」と間延びした声がふわりと降りてきた。ふたりで部屋に入り、朝比をリビングに残してお風呂に向かう。
お風呂から上がると、テレビではまだ音楽番組をやっていた。居酒屋には2時間もいなかったから、時計の針はまだ11時を指している。コップにお茶を注いでからテレビを見ている朝比の隣に向かう。
4人組のグループが歌っていた。テレビ画面の右端に出ているアーティスト名には見覚えがあるような気がする。
隣に腰を下ろす途中、朝比がめずらしくキラキラとした目で画面を見ていることに気がついて、「このバンド好きなの?」となにげなく問いかけると、「うん、好きだった」と言った。
朝比がもう生きていないのだと、いろんな瞬間に思い知るたびに切なくなるようになったのは最近のことだ。青いライトに照らされて光る彼らを、並んで見つめた。
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