(13)一つになる
怪訝そうに眉根を寄せてこちらを見つめて来る修司さんもまた格好良かったけど、さすがに少し言い過ぎた気がする。これ以上会話を続けたら、秘めたる想いを吐露してしまうかもしれない。ノリと勢いで。
名残惜しいけど、そろそろ切り上げるとするか。ほのかを待たせてるし。
「また逢いましょう、将棋大会で」
締めの挨拶をして、颯爽と踵を返す。そのまま、二度と彼らの方を振り返ることなく、スタスタと歩き去った。
ふぅ、やれやれ。何とか『竜ヶ崎雫』としてのキャラを保つことができた。大丈夫、ボロは出していない、はずだ。
でも、次に修司さんに会った時は、もたないかも。
楽しみと不安が、胸の中に共存していた。
「……雫様」
本殿の陰から声を掛けられる。姿を見なくても、声だけでわかる。肉じゃがパーティーを共に過ごした、チームメイトのほのかだ。
もう大丈夫と返事をすると、彼女は恐る恐る顔を覗かせた。必要以上に怯えているように見えるのは何故だろう? まあ確かに、修司さんは崇め奉るべき神的存在だけれども。
「ほのか、貴女も観たでしょう。あれが、私達が倒すべき敵です」
「園瀬、香織。おと──修司さんも、ですか?」
「修司さんは倒さなくて良いです。二人で愛でましょう」
私がそう告げると、ほのかはクスッと笑みをこぼした。最近は、狐面を着けていても彼女の表情がわかる。それだけ、濃密な時間を過ごして来たのだ。
そのほとんどは、対局だったが。将棋盤を挟んで向かい合うと、それだけで心の繋がりを感じるようになった。棋は対話なり。対局を通じて、私達はお互いのことを語り合った。
ほのかは、お母さんが好きらしい。最近元気が無いから、笑顔にしてあげたいと語っていた。
私には母との思い出が無いから、少し羨ましかった。
私の母は、先代の巫女頭を務めていた。私と違って才能に恵まれていて、睡狐様の力を借りて様々な奇跡を起こすことができた、という話だ。
その話が本当なら、正真正銘の現人神(あらひとがみ)だと思うが。
そんな超人の母も病には勝てなかったのか、幼い私を残して先立ってしまった。
後継者は雫にすると、余計な一言を遺して。
「お母さんのこと、恨んでいますか?」
一度、ほのかに質問されたことがある。正直な所、恨み言を吐いたことは何度もあった。母の遺言に従い、父は私に徹底的な教育を施したのだから。
辛かったなあ、クラスメイトは漫画やアニメの話をしているのに、私は入れなくてさ。独り、猛勉強を強いられて来た。
今だって、何とか『及第点』をもらって巫女頭を続けられているけど。もっと優秀な人材はいくらでも居るだろうし、いつクビを言い渡されるか、ビクビクする日々を送っている。よくもまあ、気軽に後継者を指名してくれたものだ。
だけど、まあ。
「会えるものなら、会ってみたいかもね」
何故か私は、そう答えていた。
「ですよね!」
ほのかは嬉しそうに微笑む。無性に愛らしく感じるその笑顔には、誰かの面影があった。
私は、この子のことが好きだ。でもこの気持ちは、友達に対するものとは違う気がする。もっと近くて、もっと深い──ああ、わからない。私はきっと、この感情を知らないんだ。考えたって、答は出ない。
それよりも今は、将棋大会のことを考えよう。伏竜将棋道場が徒党を組んで牙を剥いて来るのなら、相応の対策が必要だ。
彼らの背後には、王守一族が居る。舐めてかかれば、父のように痛い目を見ることになるだろう。
香織さん達の棋力は、最低でも初段以上、下手すれば高段者クラスと想定するべきだ。
「勝てるでしょうか?」
不安げに尋ねて来るほのかに、かぶりを振って応える。恐らく勝てない、今のままでは。
香織さんを目の当たりにして、初めて本気で勝ちたいと思った。そのためにはまず、己の非力を認めることが必要だった。
「特訓しましょう」
棋力を底上げする。二人でなら、できると思った。
私は、ヨガッピの力を高出力で引き出せるように。ほのかは、明鏡止水のレベルを一段階上げられるように。
更に、あらゆる戦法に対応できるように、竜ヶ崎流にアレンジを加える。
その中で、ほのかが提案して来たのが、耀龍(ようりゅう)四間飛車とのブレンドだった。
私と彼女の将棋を一つにまとめ上げ、昇華させる。
竜ヶ崎の神出鬼没さと、耀龍四間は相性が良い。私は知らなかったが、彼女の話だと、耀龍自体の定跡化もかなり進んでいるらしいし。プロの棋士の知見を取り入れられるなら、鬼に金棒だ。
名付けて、竜ヶ崎流耀龍四間飛車。勝てる、と確信する。相手が誰であろうと、私とほのかが力を合わせれば、負けるはずが無い。
「……できた」
まばゆい輝きを放つ盤を前に、私は思わず呟きを漏らす。ほのかもまた、うっとりと盤上を見つめている。
ヨガッピと明鏡止水を同時に発動させてなお不完全。来る日も来る日も試行錯誤を重ねた結果、ようやく納得のいく戦型へと仕上げることができた。
耀龍の名に相応しい、躍動感と美しさを兼ね備えたカタチ。
『お前達にしてはやるじゃねぇか』
珍しくヨガッピに褒められた。てか、居たんだ?
まあいい。私は今、気分が高揚している。素直に褒められといてやるとしよう。
ああ、そうだ。私達が成し遂げたんだ。
これで勝てる。いや、もう既に勝った。試してみるまでもなく、私達は最強になったんだ。
「雫様。私、嬉しいです。やっと、貴女のお役に立つことができました」
そう言ったほのかの目には、涙が浮かんでいた。何だ、先に泣かれちゃったか。ならばと、胸を張ってみせる。
「私達は強くなった! 鬼が出ようが蛇が出ようが、もう怖くない! 相手が王守の手先だろうと、返り討ちにしてやるわ!」
「はい……もう、大丈夫ですね」
泣き笑いの顔のままで。
ぐらりと、彼女の上体が傾いた。
「ほの……か……?」
仰向けに倒れる様子を、私は呆然と見守ることしかできず。
彼女の下に駆け寄るのに、数瞬を要した。
──彼女が何者か知ったのは、その後のことだ。刻一刻と、別れの時は近づいて来ていた。
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