(7)無茶振り
「睡狐様のご命令だ。今年の秋祭りも、通年通り将棋大会を催すこととなった」
「はい。それは承知しておりますが」
将棋大会の主な目的は、竜ヶ崎の圧倒的な力を見せ付け、世の将棋指し共を支配下に置くこと。
──というのは建前で、単に睡狐様が暇潰しをしたいだけのような気がしないでもないが。とにかく、将棋大会は毎年開催されるものだと思っていた。
だが、と父は続ける。
「手駒の多くは、既に失われてしまった」
手駒。竜ヶ崎の将棋を修得した精鋭棋士達のことか。例年なら、父に加え、彼らの中から大会に出場する代表メンバーが選ばれることになる。
大会には何度か私も出たことがあるけど、ハイレベルな戦いに、正直ついて行けなかったのを覚えている。
そんな滅茶苦茶強かった彼らが、ごっそり居なくなったというのだ。一大事である。
「先日の『王守(おうもり)』の奇襲を覚えているか?」
「はい。四十禍津日ご拝殿の儀の最中に襲われたとか。奴らの狙いは原典の破壊でしたが、辛くも阻止できたと聞いております」
王守。この町に古くから存在する謎の将棋一族は、何故か私達竜ヶ崎を敵視し、事あるごとに邪魔をして来た。目の上のタンコブ的存在だ。
「左様。余(よ)を始め、多くの精鋭達が奴等と戦った。王守の投入棋力は、実にプロ棋士一人分にも及んだという。消耗戦の末、奴等の棋力のほとんどを削ぐことができたが、こちらも数多くの棋力を散らす結果となってしまった」
「……”余”?」
(しっ。そこ突っ込んじゃダメ)
首を傾げる少女に、釘を刺しておく。
それにしても、プロ棋士一人分に相当する棋力とは。メガトン級の破壊力を投入してでも、四十禍津日をどうにかしたかったのか。恐るべし、王守の謎の執念。
ちなみにその時、私は休憩所で居眠りをしていた。徹夜で儀式の準備をしたのだから、許して欲しい所である。多分、夢の中で皆の応援をしてたと思うよ?
「余もまた、敵の首魁と対峙した。かの者は小柄な老人ながら頭の回転が速く、油断ならぬ強敵であった。何とか対局には勝ったが、その代償として『半身』を失ってしまった」
ふう、と父はため息をつく。ああ、半身を失ったから元気が無いのか。何しろ半身だもんね。
「何ですかそれ?」
(知らない。適当に話合わせとこ)
ぶっちゃけ、父の言ってることは半分以上理解できない。多分妄想ストーリーが脳内で展開されているんだろうと思う。厨二病をこじらせると、こんな感じになるんだろうか。
まともに相手をしても仕方ないので、適当に聞き流しておこう。
「故に、今年の将棋大会はお前達だけで出場するように」
はいは……は?
思わず声を上げそうになった。
「なんですとー!?」
もとい、無意識に叫んでしまっていた。
「まともに指せる者がお前達しか残っていない現状、やむを得まい」
「いやいやいやー! 今アンタ私に勝ったばかりですやん!? よく言いますねぇ!?」
「これは、現当主としての命である」
こ、このオッサン……!
それを言っちゃおしめぇよ、なんですけどー!
巫女頭として、ぐっと言葉を呑み込む。堪えろ。自制するんだ、雫。クビを切られたくはないだろう?
「バカなの死ぬの!? もし強い奴来たらどうすんのー!? 誰が責任取るのー!?」
無理だった。溢れ出す思いの丈を、咆哮に変える。
「責任は……お前が取れ」
「はいはいそー言うと思いましたよ! その仏頂面引っぱたいてやりましょうか!? え、何、嫌がらせ? パワハラ案件? 巫女頭に相応しくないと思っているなら、とっととクビにすりゃいいでしょー!」
「ぬう」
あ、ひょっとして言い過ぎた? 黙り込んでしまった父を見て、内心焦る。
「し、雫様。落ち着いて下さい」
隣の巫女ちゃんにどうどうと背中をさすられ、昂ぶっていた気分が平常に戻る。
あー、完全にやっちまいましたねコレ。帰って良いですか?
「ごめん、父。言い過ぎた」
それだけ口にするのがやっとだった。
あ、敬語にするの忘れてた──まあ、もう手遅れだし良いか。
「余は竜ヶ崎の当主である。当主の命には文句を言わずに従え、なのである」
そう告げた、父の肩が小刻みに震えていた。無表情を保ったままでそれをやるものだから、何ともシュール。
若干口調も怪しいし。私が言えたことじゃないけどさ。
そろそろ従ってあげようかな? という気にはなって来た。
隣の少女と顔を見合わせ、肩を竦める。全く、物の頼み方を知らないオッサンだ。
「わかりました。ですが私達だけでは百パー負けます。それでも良いのですか?」
「棋力に不安があるなら、これを授けよう」
オッサン、もとい我が父は一巻の書物を差し出して来た。
お、パワーアップアイテムの登場ぅ?
受け取って、しげしげと色んな角度から眺めてみる。
一見なんの変哲も無い古臭い巻物だが、読めば超人になれたりするのだろうか? 手にしただけでは何も起こらないけど。
「それこそが、我ら竜ヶ崎の切り札。暗黒の棋書、四十禍津日である」
へえ、これが。そんな大事なもん、意外とあっさりくれんだね。
にしても、ヨソマガツヒって噛みそうな名前、どうにかならんのかねぇ? そうだ、略してヨガッピと呼ぶことにしよう。心の中では。宜しくヨガッピ。
「写本だが、お前が棋力を高めるには十分過ぎよう。将棋大会に向けて、竜ヶ崎の将棋を会得すべし。精進せよ」
って、原典じゃないのかよぉ。ケチ親父め。
言うだけ言って、父は席を立つ。何、緊急招集ってこのことだったの? こんなことのために忙しい私を呼び出すなんて、良い度胸してる。
しかしそれにしても、だ。いくらチート級のパワーアップアイテムを得たからといって、一朝一夕で強くなれる程、将棋は甘くない。父もわかっているはずなのに、どうして私に。
いや、私だけじゃない。お前達、と父は言った。大会に出場するには、私とレンと、それからもう一人が必要だ。
隣に佇む少女を横目で見る。彼女には悪いけど、そんなに将棋強そうには見えないんだけど。
「あの、お館様」
「……何だ?」
「この子は狐の世話係です。戦場に出すのは少々可哀想かと」
私の言葉に、父は眉間に皺を寄せる。無表情の中に、ほんのりと感情が混じった。侮蔑の感情が。
「まさか、気付いていないのか」
「は?」
「……とにかく、そこの娘も参加させるように。これは、現当主としての命である」
気付いていない? 何をだ?
首を傾げる私を残し。父は、闇の奥へと立ち去って行った。
薄暗い部屋には、私と彼女だけが残される。呼び出しておいて、レンはとうとう姿を見せなかった。気紛れな狐の化身様だことで。
「全く。相変わらず何考えてんのか。急に言われても困りますよね」
苦笑してから、私は盤を指差す。
そうだ。困るからこそ、早期対応が必要なんだ。
「一局どうですか?」
傍らの少女に促すと。彼女は一瞬驚いたような素振りを見せた後、向かい側の席に正座した。
早期対応を図る。私と彼女の棋力を底上げする。そのためには、まず彼女について知らなければならない。
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