(10)魂の残り火
彼女は弱さ。私にとってのアキレス腱のようなもの。足手纏いにしかならない。
わかっている、そんなことは。頭では十分に理解している。
だけど、それでも。どうしても納得できない。
何で私が、私を置き去りにしなければならないの?
そんなの、可哀想じゃない!
「一緒に来る?」
「えっ……!?」
私の言葉に、少女は驚きの声を上げた。
「行こうよ。表層で、もう一人の私が待ってる」
「でも、いいの? わたしが行ったら、あなた達の迷惑になるよ?」
「大人をなめないで。確かに子供の頃の私には、貴女の存在は疎ましかった。けど、今は違う。
今の私達なら。貴女を、受け入れられるわ」
戸惑う少女の手を取る。
有無を言わさない。
そのまま、抱き寄せた。
ごめんね、今まで気付かないフリしてて。本当は一番、気に掛けてあげなくちゃいけなかったのに、ね。
「あ……ありがとう」
一滴の涙が、彼女の頬を伝い落ちる。
ひんやりとした体。少しでも、私の熱を分けてあげたいと思った。
「でも──ごめんなさい」
「……え……?」
とす。
「あ──」
何かが、刺さった。
私の胸に、小さな果物ナイフが刺さっているのが見えた。
なるほど、これなら、非力な彼女にも扱える。
納得しながら、私はその場に崩れ落ちた。
芯の部分を、刺し貫かれた。
はは。油断しちゃった。
勝ったと思った瞬間に負けるのが、将棋(じんせい)なのに、ね。
お見事としか言いようがない。
全員で襲い掛かったように見せかけ、一番弱く見えるこの子だけを残しておき、油断した所を一突き。
正攻法では敵わないと、作戦を立てて来たなんてね。
やるじゃん、弱虫の私達。
もっとも。仮にその企みを見抜けていたとして、私がこの子を見捨てられたかと言えば──無理、だろうな。
ナイフを引き抜くと、傷口からは鮮血の代わりに、白い光が漏れ出した。それを見て、ああ、私はじきに死ぬんだなと察した。
目的地はすぐそこだけど、辿り着くことはできない。もう、体に力が入らない。
ごめんよ、表層の私。助けには行けそうにないや。ごめんね、皆。
見上げると、少女は泣いていた。
ぽろぽろと、大粒の涙をこぼし、彼女は「ごめんなさい」を繰り返す。
私を刺したことを、後悔している?
私のために、謝ってくれているのか。
やっぱりこの子は、悪い子じゃないんだ。ただ、心が弱いだけで。
だったら。託してみようかな。
最後の力を振り絞って立ち上がる。もう一度、抱き締める。
驚く彼女の、耳元で囁く。
「私を殺した責任、取ってもらうわよ」
「え……!?」
「なんてね。私はもう駄目だけど、貴女なら私を助けてあげられると思う。
──お願い、諦めないで」
力なく微笑む。
「でも、わたしは」
「大丈夫。貴女は私に勝った。今は弱くても、強くなれる。貴女ならきっと、大丈夫」
弱い心が悪い訳じゃない、と思う。
悪いのは、その弱さにつけこむ奴等だ。
それから、こうも思う。
弱さは時として、力に変えられる、と。
私には辿り着けなかった場所に、彼女なら到達できるかもしれないと思った。
彼女は言うなれば、可能性の塊だ。生かすも殺すも、私次第。
この子を頼んだよ、園瀬香織。
残りわずかな命の灯火(ともしび)。
その熱量全てを使って、冷えきった少女の体を温める。
彼女の心に、着火する。
「ごめんね、貴女に背負わせて」
「わ、わたしの方こそ、ごめんなさい。あなたを、傷つけてしまって」
「大丈夫。貴女が今まで味わってきた寂しさに比べたら、こんなもの大したことじゃないよ」
すぐに燃え尽きる。
頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。
最後に何か、言い残すことは無いか。自問自答して、私は笑みを浮かべた。
「私の分まで、しゅーくんに愛してもらってね。離婚なんかしたら、ただじゃおかないんだから」
貴女には、愛される権利がある。
貴女の未来に、幸あれ。
彼女の涙を拭う。
無理矢理に浮かべた微笑みは歪で、とても褒められたものじゃなかったけど。
あの世への手土産としては、悪くない気がした。
じゃあね。
一切の苦痛から解放される。
何も見えなくなり、何も感じなくなる。
そうして、私は私に別れを告げた。
光に満ちた世界へと、一人旅立つ。
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