(14)神への挑戦
「振り駒を賭けた一戦、一切の手抜きはせぬ!」
「自慢ではないが、我輩じゃんけんは負け無しである!」
「ぬう。おのれ……!」
何と言う狡猾な男だ!
してやったりの顔をするトンシ博士を見て、穴熊さんは悔しそうに呻く。
「じゃんけんを選択した時点で、我の作戦負けということか」
「左様。将棋には長けていても、盤外では能無しよのお!」
「くっ……だが! しかし!」
折れそうになる心を、懸命に支える穴熊さん。
「我はサロン棋縁の代表である! たとえじゃんけんであろうと、弟子の前で醜態を晒す訳にはいかん!」
ごうっ!
全身から暗黒闘気を勢いよく放出する穴熊さん。
窮地において、なお猛り狂うのか。
「……じゃんけん提案したの俺なんだけどな。つーか、弟子じゃねーし」
そんな彼の様子を見て。
ショウさんは、静かに呟いた。
私は一体何を見せられているのだろう。
ちょっとわからなくなってきたけど、振り駒にさえ意地を見せる漢達の雄姿には感服せざるを得ない。
やるのは、じゃんけんだけど。
「勝負だ! 最初はグーでいくか? それとも即始めるか?」
「礼儀としては、最初はグーであろうな」
「良かろう!」
大きく拳を振り上げる両雄。
ついに決戦の時が来た、のかな?
「「最初は、グー!」」
渾身の力で拳を突き出す穴熊さん。
それを、掌を開いて受け止めるトンシさん。
「なっ……貴様! それはパーではないか!」
「カカカ。愚直な男め。我輩がまともにじゃんけんをすると思うたか?」
そう応えて、博士は拳を繰り出した。
「ぐはっ……!」
右手を掴まれた状態では回避できない。
鳩尾にまともに食らい、穴熊さんの体が沈む。
えっと。これ、普通に暴力行為じゃないのかな?
しゅーくんの方を見ると、彼は首を横に振った。
「対局はもう始まっている。手出しは無用だ」
そ、そうなのかな?
私の感覚がおかしいのかな……?
「敵に隙を見せるとは、愚かなり」
倒れた穴熊さんを見下ろし、トンシさんは不敵に笑う。
「さあ、それでは改めてじゃんけんといこうか。最初はグー」
穴熊さんは動けない。
このままじゃ、負けてしまう。
「ミスター。あんたはその程度の男じゃないだろ? 見せてくれよ、あんたの意地を」
見るに見かねてか、ショウさんが声を掛ける。
ピクリと、穴熊さんの指先が、わずかに動いた。
「じゃーん、けーん」
余裕の表情を浮かべて、トンシさんはゆっくりと拳を振り上げた。
「ぽー」
繰り出されるは、チョキの形。
駄目だ、もう間に合わない──。
次の瞬間。
大地が、爆ぜた。
「んんっ!?」
どごっ!
黒き閃光が、トンシさんの顎を打ち上げる。
悲鳴を上げる間もなく、彼は後ろに倒れていき。
大の字を描き、仰向けに横たわった。
「我はグー、貴殿はチョキ。振り駒するのは、我だ」
恐るべき勝利への執念。
倒れたトンシさんを見下ろし、穴熊さんはそう宣言した。
いや。
もうこれ、じゃんけんじゃないから。
それにしても、鮮やかなアッパーカットだった。
あんなの格闘ゲームでしか観たこと無いよ。流石は穴熊さん、最強というだけのことはある。
何はともあれ、ようやく振り駒まで来た。
注目の一投、果たして先手になるのは──?
「はっ!」
裂帛の気合を込めて、穴熊さんは五つの歩を真上に投げた。
……え?
振り駒って、こんなのだっけ?
遥か空の彼方まで飛んで行った駒達は、なかなか落ちて来ない。
唖然として見上げる私達に、穴熊さんは一言、
「間違えた」
と、冷や汗混じりに答えた。
気合、入り過ぎちゃったのかな?
「──愚かなり、穴熊」
トンシさんが嘲笑う。
あれ、いつの間にか復活してた。完全にKOされたと思ったんだけど。
「コイントスなら表か裏か当てる所だな。どっちに賭ける? ミスターかトンシか。俺は、飛んでって落ちて来ないに賭けるぜ」
軽口を叩くショウさんに、ツッコむ棋力も湧かない。
何とも言えない気まずい空気が流れる中、穴熊さんは対局席に座り直した。
「運を天に任せた。将棋の神よ、我に従え」
「上手いこと言っても無駄だ! お前のせいで振り駒は台無し! 吾輩に任せておけば、こんなことにはならなかったのだ!」
ここぞとばかりに責めるトンシさん。
穴熊さんは何も言わず、晴天を仰いだ。
落ちて来る。
五枚の駒達が、こちらに向かってまっすぐ落ちて来る。
秋風に飛ばされることも無く。
「どうやら、神は我が命に従ったようだな」
将棋盤の上にふわりと着地する、五枚の歩達。
それだけでも奇跡に近いのに、そのどれもが『歩兵』の面を上に向けていた。
問答無用で、穴熊さんの先手だ。
「バカな、ありえん」
「これは運命なのだ、トンシよ。我がどのような投げ方をしても、駒達は盤上に戻って来るであろう。そして、我は必ず先手となる」
厳かに答える穴熊さんに、トンシさんは食ってかかる。
「何が運命だ! インチキに決まっておる!」
「何を言う。我は振り駒の仕方を間違えたのだぞ? インチキのしようがあるまい?」
「くっ……!」
なおも納得がいかない様子のトンシさんに、穴熊さんは続ける。
「我は神に選ばれし者。棋を制する者なり」
故に、対局相手が気の毒でならない。
そう応えて、彼は歩を拾い上げた。
「諸君らは、言わばこの駒のようなもの。常に我が運命に操られている。気付かぬ内に、な」
五枚全てを、元の位置に並べ直す。
それは当たり前の行為のはず、なのに。
何故だか、背筋が震えた。
「本当に、気の毒でならないよ」
「抜かせ。吾輩は神など認めん。科学は常に神を否定し、神を超えるために発展して来たのだからな。
穴熊よ。貴殿の化けの皮、吾輩が剥ぎ取ってくれよう」
トンシさんも、穴熊さんが普通でないことは感じていると思う。
それでも彼は、不敵な笑みを浮かべていた。
勝算があるということなのか、それとも。
「我と戦えるのが、そんなに嬉しいか?」
神の問い掛けに、男は応える。
「無論。恐悦至極である」
それが、開戦の合図となった。
「「宜しくお願いします」」
挨拶と共に駒を手にする神。
角道を開ける手が、運命によって導かれる。
男もまた、角道を開いた。
自らの意思か、運命に操られてか。
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