(10)伊達男、ぶらりと参上

「すまぬ。気を遣わせたな」

「あ、いえ」

「収穫の多い一局であった。照民の真の棋力は、我の予想を超えておったわ」


 満足そうに、穴熊さんは頷く。

 爆炎のロウが自分のこと初段て言ってたけど、それを手玉に取る照民さんの棋力って一体。うう、準決勝が怖くなってきたなあ。


 とてもじゃないけど、勝てるとは思えない。


「さて、勝者を出迎えてやろうか。よくやったぞ照民、大儀であった……照民?」


 対局席の方へ、訝し気な視線を送る穴熊さん。

 釣られて私もそちらを見ると。

 照民さんが、また顔面から将棋盤に着地していた。

 え、また駒を咥えようとしてるの? 何で?


 ──いや、違う。

 ぴくりとも、動かない。


 まさか。

 嫌な予感が頭をよぎる。


 担架を持って、巫女さん達が駆け付けて来る。

 力なく横たわったまま、運ばれて行く照民さん。

 その様子を、呆然と見送ることしかできない私達。


「愚かな奴だ」


 ぽつりと、穴熊さんが呟く。

 呻くような声を、喉から絞り出す。


「師よりも先に逝ってしまうとは。愚かな弟子だ」


 そんな……!

 将棋を指しながら死ぬなんて、そんなことってある?


「恐らくは脳の許容量を超えて指し続けたせいだろう。照民は全棋力を使い果たし、永い眠りに就いたのだ」


 嘆息する穴熊さん。

 その瞳に、深い哀しみの色が宿る。


「だが。最期に素晴らしい対局を見せてもらった。我は師として、誇りに思う」


 そう言って、遠い目をする穴熊さん。

 そんな。照民さん、貴方はこれで本当に良かったの? ゆかりちゃん、まだスヤスヤ寝てるよ? 貴方が起こさないで、誰が彼女を起こすというの…?


「おいおい。勝手に殺すんじゃねーよ」


 そこへ。一人の男性が、呆れた様子で声を掛けて来た。


「お、お前は──!」


 驚きの声を上げる穴熊さん。

 そんな彼に、男性は続ける。


「照民なら休憩所で寝てるぜ。棋力は使い果たしたが、奴にはまだ残っているものがあったようだ」


 びし、とゆかりちゃんを指差す男性。


「愛、だな」


 それから、フッと笑う。

 ちょっとキザっぽい。


 誰かわからないけど、照民さんが無事で良かった。


「ショウ! 貴様、どこをほっつき歩いていた! 照民の雄姿を目に焼き付けろと、あれ程言ったであろうが!」


 そんな男性を怒鳴りつける穴熊さん。

 お知り合いのようだけど、仲は良くないのかな?


「やだよ。誰が野郎の試合なんか観るか。俺はさ、可愛いコちゃんが好きなんだよね。このコみたいな」


 そう応えて、私にウィンクしてみせるショウ?さん。

 えっ、そんな困ります、私人妻ですからっ……!


「おい、香織をイヤらしい目で見るな!」

「その腐った性根、今すぐ叩き直してくれる!」


 しゅーくんと穴熊さんが、口々に叫ぶも。

 一向に気にすること無く、男性は私の隣の、しゅーくんの席に座る。


「やあ、お嬢さん。こんな辛気臭い大会なんか放っておいて、俺とランチに行かないかい?」

「え、いや、それは」


 さり気なく手を握られてドキッとする。

 そんな、しゅーくん以外の男の人と、手を繋ぐだなんて。

 ショウさんは微笑みを浮かべて、私をじっと見つめて来る。何だろう、頭がクラクラする。


「いい加減にしろ! 汚い手を離せ!」


 そこへ、しゅーくんが強引に割り込んで来た。

 ショウさんの手を掴み、力一杯引き剥がす。

 苦悶の表情を浮かべ、右手を押さえるショウさん。


「……ってぇなあ。馬鹿力め」


 椅子から立ち上がり、彼は私達から距離を取った。

 いや。正確には、しゅーくんから。


「ショウ。それ以上の無礼は我が許さぬ」

「ふん。お山の大将気取りが」


 横から口を挟んで来る穴熊さんに、ショウさんは鼻を鳴らす。


「すぐに中堅戦が始まる。対局席に座るが良い」

「嫌だ、と言ったら?」

「二度とサロン棋縁に出入りできなくなると思え」

「あー。それは嫌だな。わかったよ」


 サロン棋縁には可愛いコが揃ってるからねぇ。そう呟いて。

 渋々といった様子で、ショウさんは対局席へと向かう。


 一悶着あった間に、焦げ付いた将棋盤は新品に取り替えられていた。


「ふぅん。サービス良いじゃん」


 少し感心したように言って、ショウさんは照民さんが座っていた席に腰掛けた。


 対局相手の姿はまだ見えない。

 そのことを気にする様子もなく、彼は足を組んでふんぞり返った。

 天を仰ぎ、じっと待つ。


「おーおー、今日は良い天気だねぇ。絶好のデート日和に、何が悲しくて将棋なんて指さなきゃならんのか」


 その口元には軽薄な笑みが浮かぶ。

 この人が何を考えているのか、私には掴めない。


 そこへ。


 ずしん……ずしん……。


 遠くから、地響きを立てて、何かが近付いて来た。


 じゃら……じゃら……。


 更にもう一つ、鎖が擦れ合う音も聞こえて来る。


「お出ましか」


 穴熊さんが呟く。

 音のする方を振り向き、私は絶句した。


 そこには、山のような大男と、対照的に小柄な男性の姿が在った。


 物語に登場する巨人のような大男は、その全身を鉄の鎖で縛られていた。首には首輪、口には猿ぐつわをかまされ、苦しそうに呻き声を上げている。

 首輪から伸びた一際太い鎖は、その前を歩く痩せ細った中年男性の手に握られていた。黒いローブに身を包んだその姿は、まるで悪い魔法使いのようだ。


 何とも異様な風体の二人組だった。

 とても平和に将棋を指すようには見えない。


「お初にお目にかかる。サロン棋縁の諸君。それから、二回戦突破おめでとう、伏竜将棋道場の諸君。

 吾輩は来来・頓死ーズ大将の『Dr.トンシ』。そしてこれが、我が直々に改造手術を施した最強生物、『ムー』である!」


 あ、魔法使いじゃなくてドクターなんだ?

 てゆか、さらりと改造手術とか言ってるけど。

 トンシさんはムーと呼ばれた巨人を指差し、声高らかに叫ぶ。


「ゆけ、ムー! お前の力で、我らに勝利をもたらすのだ!」

「あー。チェンジで」


 ノリノリのトンシさんに、ショウさんの一言が突き刺さる。


「ちぇ──なんだと?」

「だから、こんなごついのと対局するの嫌だから、チェンジしてくれって言ってんの」

「ふむ。さてはムーの威容に恐れをなしおったな?」

「なあ。あんたの所のチームには、可愛い女の子一人も居ないのかい?」

「助手ならば、研究所で待機しているが」

「是非紹介してくれ」


 するとトンシさんは、激しく首を横に振った。


「駄目じゃ! 女性を危険な目に遭わせる訳にはいかん!」


 おお。意外にも紳士的な意見が出た。

 これに対し、ショウさんはやれやれと溜息をつく。


「だから将棋は嫌なんだよな。野郎ばっかでつまらねぇ」

「何を言う! 将棋は神聖なる紳士のスポーツであろうが!」


 激高するトンシさんを、ショウさんは鼻で笑う。


「何が紳士だ。どんな手を使ってでも勝ちたい奴らで溢れ返っているだろうによ」

「き、貴様……! 将棋を愚弄するとは、貴様だけは絶対に許さん! ムー!」


 トンシさんの言葉に、ムーは拳を振り上げる。


「おいおい。暴力は勘弁してくれよな」


 あくまで余裕の表情で、軽口を叩くショウさん目掛けて。

 岩をも砕くであろう剛拳が、振り下ろされる。

 まずい! あんなのまともに食らったら、ぺちゃんこに潰されちゃう!


 どごっ!


 地面に大穴が開いた。

 直後、衝撃波に襲われる。

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