(7)強襲の早石田
どかんっ!
轟音と共に、閃光が目を灼いた。
衝撃に吹き飛ばされそうになる身体を、何とか支える。
「──っ──!?」
爆発した、ように見えた。
隣の穴熊さんも大地に伏せている。やっぱり爆発した、よね?
にわかには信じられないけど。
硝煙が辺りを包み込み、対局席の様子はよく見えない。
……誰か、居る?
煙の中に、人影が見える。
一人は照民さん?
爆発の中心部に居て、無事なのかどうかはわからないけど。
もう一人、別の誰かが立っている。
「ハハハハハ! どや、ビックリしたやろ!? 挨拶代わりの花火や!」
誰かが、馬鹿笑いしている。
秋風に流され、徐々に煙が晴れていく。
そこには。全身にダイナマイトみたいなモノを巻き付けた、黒焦げの男の姿が見えた。
「ワイは来来・頓死ーズの先鋒、爆炎のロウ! 以後よろしゅうたのんます!」
黒焦げ男は周囲を見回し、大声で名乗りを上げる。
爆炎のロウ。将棋関係無いニックネームだね、うん。
「こらー! 境内での火器の使用は反則ですー!」
そこへ、早速巫女さん達が駆け付けて来た。ほら、怒られた。
「アホンダラ! 火器やない、花火言うとるやろがボケナス! 神さんに奉納するために持って来たんや!」
「は、花火でも、境内で爆発させちゃ駄目ですっ」
「やかまし! あんたら、まとめて爆破するでぇ?」
「きゃー!」
あ、逃げた。つくづく役に立たない運営だなあ。
「香織! 大丈夫か!?」
恐らくは爆音を聞いて、慌てて戻って来たのだろう。
ビニール袋を引っ提げて、しゅーくんが帰還した。
あ、お弁当ありがとう。
それから、心配してくれてありがとう。
「私は大丈夫だけど、要救助者が一名。後、警察に電話した方が良いかも」
「はあ? 何の騒ぎだ、こりゃ?」
対局席の惨状を見つめ、彼は顔一面に『?』マークを浮かべる。
「ぬう、無礼な奴だ。我が直々に成敗してくれようか」
怒り心頭の様子で、席に座り直す穴熊さん。
あ、だから、そこはしゅーくんの──。
「そこ、俺の席!」
「ぬう。しかし照民に『ここで観戦する』と約束したのでな。どうしてもというなら、我の膝の上に座るが良い」
「何でだよ!」
事態は、混迷を極める。
「仕方ない。ならば」
穴熊さんは立ち上がり、素直に席を譲った。
そしてそのまま私の前を通り過ぎ。
一向に目を覚まさないゆかりちゃんをお姫様抱っこし、彼女の席に座った。
「これで問題あるまい」
……いやそれ、セクハラじゃないですかね?
後でゆかりちゃんに怒られても知らないよ?
「おい、そこの奴ら! ワイよりおもろいことすなや! まとめて爆破するでぇ?」
関西人はお笑いに敏感だ。すかさず反応する爆炎のロウ。
きっとアレ、口癖なんだね。あからさまに不審者だけど、根は悪い奴じゃないのかも。
それより、照民さんが心配だ。
焦げ付いた将棋盤を前に、俯いている。
「おいおいおい! こいつ気絶してるんとちゃうか? 穴熊ん所の精鋭言うからどんな奴かと思えば、とんだ腰抜けやんけ! 儲け儲け、一勝儲け~!」
ぎゃはははは!
照民さんを見下ろし、独り爆笑する黒焦げ男。
爆発のショックで気絶してるなら大変だ、早く救急車を呼ばないと。
「──よくも」
その時、確かに声が聞こえた。
小さく、か細く。それでいて、はっきりとした意志を感じる声が。
「あー? 何や、生きとったんかワレ? なら、もう一筒点火して──」
「……よくも、神聖な将棋盤を穢したな……!」
その感情は怒り。
押し殺した怒りが、マグマのようにじわじわと、流れ出して来る。
炎のように一気に燃え上がる訳ではない。
そこまでは至らない。けど、燻り続けた熱量は、やがて大地をも溶かし尽くす。
「お。やんのか、コラ?」
爆炎のロウは、ダイナマイト片手に挑発する。
しかしそれには構わず、照民さんは駒を並べ始めた。
焦げた駒を、焦げた盤に、丁寧な仕草で並べて行く。
「どうやら、我が成敗するまでも無いようだ。
見るがいい、あの美しい所作を。我の教えを、忠実に守っている」
穴熊さんが感嘆の声を漏らす。
確かに美しい。さながら焼け野原に咲く一輪の花のようだ。照民さん、格好良い。
「ちっ、ザコの分際で粋がるなや。将棋でケリ、つけたろやないか!」
爆炎のロウは跳躍し、対局席に着地した。
──今、ジャンプする必要あった?
乱暴な手つきで駒を並べ始める。あーあ、ぐちゃぐちゃ。
「照民は盤駒を愛する気持ちが人一倍強い。たとえ自分の物で無くても、傷付けられたら怒りを感じるのだろうな。見上げた将棋愛である。天晴れ!」
振り駒する照民さん。
残念、後手だ。
「ケケケッ、どうやら将棋の神さんはワイに微笑んどるようやなぁ! ワイの必殺技、ぶちかましたるでぇ!」
哄笑し、黒焦げ男は初手を指す。
意外にも普通な、角道を開ける手。照民さんも角道を開ける。
これに対し、ロウが指した手は。
角道を開けるために突いた歩を、更に進めて来た……?
これは、今まで見たことが無い手だ。
「あれは、まさか」
驚きの声を上げるしゅーくん。
穴熊さんも眉間に皺を寄せている。
ねえ、何? あれ、そんなに凄い手なの?
「『早石田』。奇襲戦法の一種だ」
はやいしだ? 名前を聞いても、ピンと来ない。
一体これから、何が始まるというのだろう?
「名前を口に出すのもおぞましい。初級者の皆に忌み嫌われた戦法だよ、あれは」
そう言って身震いするしゅーくん。え、そこまで酷いの?
「普通は玉を囲ってから攻めるだろう? ところが早石田の場合は違う。囲わずに、いきなり3筋から攻め潰す。受け方を知らなければ、一方的に将棋が終わらされる」
しゅーくんに続けて、穴熊さんが口を開く。
「加えて、受け方を知っていたとしても、通常の囲いに組み上げることは難しい。振り飛車ならば、尚更。駒組を制限させる時点で、早石田側に有利と言えなくもない」
要は、相手するのが面倒臭い戦法ってことか。確かに囲う前に仕掛けられるのは、ちょっと嫌だなあ。
穴熊さんによると、照民さんは早石田の受け方を知らない。まともに食らうのはほぼ間違いないだろうとのこと。
だけど、それでも。
「照民は、愚直に中飛車に組むはずだ。我は信じているぞ。たとえ何者を相手にしたとしても、奴が己の信念を曲げることは無い、と」
中飛車!
それが照民さんの得意戦法か!
中飛車とはその名の通り、飛車を真ん中、つまり玉の前に振る戦法だ。
私はまだ指したことが無いけど、抜群の攻撃力を誇るという。
更に角道を開けたまま組む中飛車には、面白い名前が付けられていて、確か──。
「ゴキゲン中飛車。果たして早石田に対しても有効なのか否か」
照民さんは、玉頭の歩を突き出した。
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