(6)補欠君、出陣す
「二回戦第一試合終了。
続きまして、第二試合を開始します。サロン棋縁と来来・頓死ーズの先鋒の方は対局の準備をして下さい。
また、伏竜将棋道場チームは今の内にお昼休憩をして下さい。お弁当はこちらで用意してあります」
アナウンスは大会開始の時と同じ、声優さんみたいな巫女さんの声だった。
しゅーくんに支えてもらいながら、対局席を後にする。
時間が経つのが早い。もうお昼時なのか。
この調子じゃ、決勝戦までに日が暮れそうな気がする。
「どうする? 休憩所で弁当食べるか?」
「ん。できたら対局を観たいな」
ちら、とゆかりちゃんの方に目を遣ると。
椅子の背もたれに頭を預けたまま、彼女はスヤスヤと寝息を立てていた。
対局前だというのに、いくら何でも寝すぎではないだろうか?
「わかった。じゃあ弁当取って来るから、待っててくれ」
私の心情を察してか、しゅーくんは彼女の隣に座らせてくれた。
「ありがと」
「気にするな。俺もサロン棋縁の対局は気になっていた所だ。観戦しながら対策するとしよう」
どうやら彼は、サロン棋縁が準決勝に進出すると思っているようだった。
私もそうだったら良いなと思っていたけど、相手の来来・頓死ーズだって、実力は未知数だ。番狂わせは十分ありえる。
しゅーくんがお弁当を取りに行っている間に、ゆかりちゃんの肩を揺さぶる。
起きてー。駄目だ、起きない。
「ぬう。結月は準決勝に向けて力を蓄えているのか」
そこにやって来たのは、穴熊さんだった。困ったように頭を掻く。
「あの。もしかして、この子が先鋒なんですか?」
「左様。君は確か」
「伏竜将棋道場チームの園瀬香織です。ゆかりちゃんとは、縁があって友達になりました」
「そうか。君が、結月の言っていた、準決勝で戦いたい相手か」
一言一言が、何だか重苦しい。
そういえば、穴熊さんとまともに会話するの、これが初めてだっけか。
「しかし、それも二回戦を勝ち上がればこそ」
先鋒戦を落としても、中堅戦と大将戦で勝てば問題無い。
それだけの戦力は十二分にあると、穴熊さんは語った。
「だが。万が一があるのが将棋だ。できれば不戦敗は避けたい所。
『照民』は居るか?」
「はっ、ここに」
穴熊さんの背後から、一人の青年が姿を現した。
大人しそうな彼が、てるたみさん?
「我が命ずる。貴様が結月の代わりに先鋒戦を制せ」
「なっ……僕が、ですか?」
驚きの声を上げる照民さん。
私も驚いた。この大会、代指しとかアリなの?
「元々こやつは補欠としてエントリーしておる。何の問題も無かろう」
私の視線を感じ取ったか、穴熊さんが説明を入れて来る。
え、補欠とかアリなの……?
私がどうこう言える立場じゃないけど、この大会は運営がザルだと思う。
神様が楽しめれば、何でもアリなんだ。
「し、しかし穴熊様! 僕がゆかりちゃんの代わりなんて無理ですよ! 何しろ僕の棋力は6級──」
「貴様はそうやっていつまでも地面に這いつくばっておるつもりか? 先鋒戦に出場し、勝て」
普段の棋力は問題ではない。ここぞという時に引き出せる力が大切なのだと、穴熊さんは説いた。
……何で私を指差しながら言うのかは、気にしないでおこう。
それにしても照民さん、私より1級下なんだ?
親近感が湧くなあ。頑張って。
「自信を持て。貴様の将棋は我が一番良く知っている。大丈夫だ」
「ですが」
「貴様、結月のことを好いているのだろう?」
「なっ……そんなことは……!」
「何、恋を恥じることは無い。我は陰ながら応援しているぞ。
結月の代わりに先鋒戦に勝てば、こやつも貴様を見直すと思うが?」
恐らくは、その言葉が引き金になったのだろう。
照民さんの目付きが変わった。
「僕。やり、ます!」
それまでなよなよとして頼りない雰囲気だった青年に、炎が宿るのを感じた。
火傷しそうなくらいの熱気だ。
凄い。この人、青春してる。
横目でゆかりちゃんの方を見る。うん、めっちゃ熟睡してる。
照民さんの勇姿を、彼女がその目に収めることはあるんだろうか?
頑張れ、照民さん。
「貴様の生き様、ここで観ておるぞ。結月と共に」
穴熊さんの声援に力強く頷き、照民さんは対局席へと向かって行った。
──って。今、ここでって言わなかった?
果たして、穴熊さんは私の隣の席に腰を下ろす。
あのー。そこ、しゅーくんの席なんだけど……。
「滑稽と思っているかね?」
「え? いえ」
穴熊さんはやつれた笑みを浮かべる。
「ああでも言わんと奴は動かん。どうにも自信が無くてな、自分には大会に出場する実力が無いと思い込んでいるのだ」
「はあ、そうなんですか」
「君は奴と棋力が近い。奴をどう見る?」
「どうって」
自分に自信が無いのは、彼の様子を見ればわかる。
恐らく穴熊さんの聞きたいことは、そんなことではないのだろう。
表面には現れない、もっと奥底の──何だろう?
「正直、よくわかりません。一度対局してみれば、多少は理解できるかもしれませんが」
「ふむ、対局か。それも奴が全力を出し切れればの話だな」
「はあ」
一体、何が言いたいんだろう。全力を出せないって?
「普段の照民は、確かに6級相当の棋力だ。悪手じゃない手を探す方が難しい。
だがそれは、奴が極度に緊張し、萎縮しているからだ。奴の指し手を観ていればわかる。奴は未だに、全力を出し切れていないのだ」
語り終えて、穴熊さんは溜め息をついた。
「我はこの試合で、奴の本当の棋力を見極めたい」
そのために補欠として、わざわざこの大会に連れて来たのだという。
うーん。てことは、照民さんの実力は6級どころじゃないってこと?
見た目はとても強そうには見えないんだけどなあ。
「全ては対局相手次第。さあ、そろそろ現れるぞ」
まるで、その言葉を待っていたかのように。
対局席が、爆発した。
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