(7)秘蔵写真は蜜の味?
「さて。お手並み拝見といくよ」
初手。角道を開ける彩ちゃん。
この時点では居飛車か振り飛車かはわからない。
対する燐ちゃんは、本殿の方をチラチラと窺っている。
マズい、対局に集中できていない。
「燐ちゃん、頑張って!」
声援を送ると、ハッとしたように、慌てて駒を動かした。
──って、え?
何、その手。
呆気に取られる私。
相当慌てていたのか、何も考えずに指したのか。あるいは間違えたのか。
燐ちゃんはあろうことか、角の隣に銀を上げていた。
これは……見たことの無い手だ。
大丈夫、なんだろうか?
角道を開けた瞬間、タダで角を取られてしまう気がするんだけど。
燐ちゃん自身も、自分の指した手に首を傾げている。
やっぱり、間違えて指したようだ。
そんな彼女に構わず、彩ちゃんは飛車先の歩を突いて来る。居飛車か。
いよいよまずい。受けられるのか、これ?
角道さえ開ければ受けられるのに、それができない。
なのに燐ちゃんは、心ここに在らずの様子だ。
こんな状態じゃ、とても勝負にならない。
見ていられない。
「しゅーくん、このままじゃまずいよ。どうしよう?」
「うーん。そう言われてもな。未知の戦法だから、何とも言えない」
いや多分あれ、戦法とかじゃないと思う。凡ミスだって!
ゆかりちゃんの方を見ると、将棋盤くんと戯れていた。
誰も頼りにならない。
私がどうにかするしか無い。
とはいえ、対局者でもない私が、口出しする訳にもいかない。
こうなったら。
席を立つ。
本殿に向かう。
「あら、どうされました? この先には決勝戦まで勝ち上がった方だけが入ることを許されるのですが」
案の定、途中で雫さんに妨害された。
「お願いします。りんちゃ──あゆむ君と話をさせて下さい」
「生憎と、今『彼女』は調整中で、面会できる状態ではありません。竜ヶ崎の巫女として、決勝戦までに仕上げなければなりませんので」
彼女? 調整? 仕上げる?
一体何の話だ。
「そこを何とか。あゆむ君のお姉さんがピンチなのよ」
「あら、それはお気の毒に。ですが、神降ろしの儀を中断する訳には」
食い下がる私に、困ったように応える雫さん。
しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。
さては、わざと意地悪してるな?
「どうしても話をさせて貰えないのなら、私にだって考えがあるわよ」
「ほう? 力ずくで通りますか?」
狐面の巫女さん軍団に包囲される。
できれば穏便に通して貰いたかったけど、仕方ない。
私は溜息をつき、ポケットからスマホを取り出す。
「えー。しゅーくんの秘蔵写真、見たい人ー」
何気無く言った、その一言に、
「えっ、修司さんの?」
お面の奥の瞳を輝かせ、速攻で食いついて来る雫さん。
距離が一瞬で詰まる。
「はい! 見たいです!」
近い。
言っとくけど、見るだけだからね?
あげないからね?
「じゃあ、あゆむ君と話をさせてくれる?」
「喜んで!」
ちょろい。
あっさりと包囲網が解かれる。
「それで、秘蔵写真というのは……!」
「お風呂上り」
「なんと。尊い……!」
雫さん、キャラ壊れてない?
まあいいや。
「でも、見るのは十秒間だけね? それ以上は私の身がもたないから」
「問題ありません。その十秒間、全集中して視ますから。余す所無く」
はあ。雫さんがしゅーくん好きで良かった。
──いや、全然良くない。
優勝したらスイコちゃんコスの彼女としゅーくんがデートするなんて、嫌な予感しかしない!
「それじゃあいくよ、覚悟は良い? せーのっ」
「……何やってんだ?」
「うひゃあっ!?」
突然背後から掛けられた声に、私はびっくりして飛び退いた。
雫さんも慌てて距離を取る。
そこには、秘蔵写真のモデルさんが、ぽかんと口を開いて立っていた。
「しゅしゅしゅしゅーくん!? どうしたの?」
「どうしたもこうしたも。かおりんこそどうしたんだよ? 突然席を立って」
「心配してくれたの? ありがとう! でも私は大丈夫だから、どうぞ座ってて」
「そういう訳にもいかない。雫さんと何かあったんだろ? 夫として、俺が話を着ける」
わあ、格好良い。
けど、今回はそっとしといて欲しかったな。
「雫さん」
「は、はい……修司さん」
凛々しいしゅーくんの眼差しに、雫さんは恐る恐るといった口調で応える。
恐らく彼女の脳内では、風呂上りの姿と重なっているに違いない。
そりゃあ、畏れ多いよな。
「香織に手を出したら、いくら女でも容赦しないから」
「は、はひ……!」
そりゃあ、お仕置き、されたいよな。
狐の面を着けていてもわかる。
耳まで真っ赤になって、雫さんはその場に崩れ落ちた。
恐るべししゅーくん、我が旦那ながら惚れ惚れする女性捌き。
キッと彼が睨むと、巫女さん達はきゃあきゃあ言いながら、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
無自覚のモテムーブ。気を付けないと、危険だな……。
ともあれ、これで本殿への道は開けた。
振り返ると、燐ちゃんが泣きそうな顔でこちらを見つめていた。
待っててね。すぐにあゆむ君を連れて戻るから。
「しゅーくん、燐ちゃんについてあげてて。私も用事を済ませたら戻るから」
「ふむ? 何だかわからんが、気をつけろよ?」
「ん。わかってる」
ありがとう、しゅーくん。
いつも私を気遣ってくれて。
夫婦だから当たり前かも知れないけど、私が将棋を始めていなかったら、こんな関係にはなれなかったかもしれない。
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