(6)衝撃の真実? そして大会へ

 時が流れる。


 気づけば秋祭りの日。

 将棋大会の当日を迎えていた。


 緊張していないと言えば嘘になる。

 竜ヶ崎家の他にも、まだ見ぬ強豪達が私達を待ち受けているのだ。

 それに、『三人目』が未だに姿を見せていないのも気になった。

 大森さんたら、そんなに勿体ぶらなくても良いのに。


 しゅーくんと二人で、鳥居をくぐる。


 まだ早い時間にもかかわらず、境内には既に出店が連なっていた。

 恐らく前日から準備されていたのだろう。

 祭りの空気を肌で感じながら、しゅーくんと先を急ぐ。

 待ち合わせの場所は、本殿裏の大きなクスノキの下だった。千年を優に超えた巨樹は、天に向かって方々に枝を伸ばしており、存在感抜群だ。


 言い伝えによると、この大樹の根が、伏竜を地面に縛り付けているのだという。

 なるほど確かに、こんな重たいものが上に乗っかっていたら、竜と言えども身動きできないだろうな。

 この樹が枯れ、朽ち果てた時に初めて、竜は解放されるのだろう。

 それが何十年、何百年先になるかはわからないが。


 誰かが樹の下に立っている。

 数は二人。一人は大森さんだ。

 そしてもう一人は。


「──りんちゃん?」


 驚いて、私は声を上げる。


 そこに居たのは、確かに見知った少女だった。

 こちらを見つめ、彼女は軽く一礼する。


「はじめまして、鬼籠野燐(おろの りん)と申します」

「はじめ、まして……?」


 呆気に取られる私。


 顔はりんちゃんに似てる、そっくりだ。

 でも、身体つきが違う。

 りんちゃんよりも背が高く、羨ましいくらいにスタイルも良い。

 足は長いし、胸も多分、私よりある。

 そして着ている制服も、りんちゃんとは別の学校のものだ。


「貴女が香織さんですね。あゆむがお世話になりました」


 あゆむって誰?

 それ以前に、貴女が誰?


 鬼籠野燐と名乗るこの女の子は、りんちゃんとは似て非なる人物だ。

 頭が混乱する。ええとつまり、どういうことだ?


「そして貴方が修司さんね。私好みのイケメンで嬉しいです」

「……はあ」


 しゅーくんも訳がわからない様子だ。

 少女はにこやかに笑う。


「お待たせしました。私が来たからには優勝間違い無し。大船に乗ったつもりで、安心して下さい!」


 え、えーと。

 大森さん?


 唯一事情を知っているであろう大森さんの方に視線を遣ると、何やら遠い目をしていた。何その反応。


「つまり、貴女が三人目ってこと?」

「ノンノン。私だけで十分です」


 自信たっぷりに胸を張って、彼女は言い放つ。

 えーと。でもこれ、団体戦なんだけど?

 絡みづらい子だなあ。


「修司さんの棋力は1級程度と聞いています。香織さんの棋力は──失礼ですが、5級ってホントですか?」

「う、うん」

「うわー、凄い! 握手して下さい!」


 何故か目を輝かせる燐ちゃん。


 最近の若い子の気持ちはわからない。

 まあ、私は大人だから、握手してとねだられたら断ったりはしないけど。


「ああこれが、5級の方の手……私、一生手を洗いません!」

「いや、洗ってよ」

「だって勿体無いじゃないですか。5級の方と握手する機会なんて、もう一生無いと思いますよ」


 何か、ムカつく。


「何よ。そういう貴女は何級なのよ?」

「……え、私ですか?」


 私の質問に、何故か燐ちゃんは大森さんの方をちらっと見た後。


「測定不能、です」


 などと、ますます訳のわからないことを言い出した。

 こんな子と一緒に大会出るの、不安だな……。


 ──と、そうだ。

 それより訊きたいことがあったんだった。


「ねえ。さっき言ってた、あゆむって誰? 私、そんな名前の子のお世話をした覚えは無いんだけど」

「ああ。ご存知無いんですね」


 燐ちゃんはふふっと、悪戯っぽく笑う。


「あゆむは私の二個下の弟です。道場には私の名を騙って入門していたようですね。女装までして」


 ……え?

 今、何て言った?


 弟? 女装? 何のことだ?

 燐ちゃんの名前を騙るって──りんちゃんのこと?

 つまり、ええと。


「今まで道場に来ていた鬼籠野りんは、君の弟のあゆむが女装した姿、ということか?」


 混乱の極みに陥った私の代わりに、しゅーくんが訊いてくれた。


「正解です! 飲み込みが早くて助かります」


 正解、なんだ……。

 私は呆然とする。


 今までりんちゃんと接してきた時間は何だったのか。

 全ては、偽りの姿だったというのだろうか?

 にわかには信じられない、けど。


 もし、それが真実なら。

 りんちゃん、いやあゆむ君があの時訊いて来た言葉の意味は、まさか。


「お馬鹿な弟を持つと苦労します」


 燐ちゃんは、やれやれと肩を竦めて続ける。


「私に憧れるあまり、私のようになりたいと、中学の時の制服を着て町に出たんですから。ホントお馬鹿。そんなことしたって、私に追い付ける訳が無いのに」


 そうか。だから女装したのか。

 姉のようになりたくて……って、こんな変な子に憧れるか? 普通?


「おまけに竜ヶ崎だか何だか知らないけど、妙な宗教? に捕まる始末。お馬鹿の極みです。両親に泣きつかれたので、今日は首根っこひっ捕まえてでも連れて帰ります」


 ──まあ、大体の事情はわかった。


「すみません、修司さん香織さん。燐ちゃんをどうか宜しくお願いします」


 申し訳無さそうに頭を下げる大森さん。


 私だって、あゆむ君とはちゃんと話し合いたいと思っていた。

 そのためには、将棋大会を勝ち上がって、彼と対局する必要がある。


 三人一組でないと団体戦に出場すらできないんだ。

 たとえ猫の手程の戦力でも、無いと困る。


 私は頷いた。続いてしゅーくんも。


「燐ちゃん。一緒に頑張りましょう」

「はい! まあ、私一人で十分なんですけどねっ」


 私の言葉に、燐ちゃんは元気良く応えた。

 うーん。悪い子ではないんだろうけど、他人の気持ちをもうちょっと考えて欲しいものだ。


 それはともかく。

 こうして、私達の長い一日は始まったのだった。


 待っててね、あゆむ君。



 第三章・完

 第四章に続く

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