人狼たちの戦場(17)

 ブレアリウスを取りまいているレギュームも次々と切り欠きを開いていく。そこから十字の放射状にビームが放たれた。

 隙間を埋め尽くすような本数の光の筋に狼狽しつつ、僅かにあるかないかという空隙にレギ・ソードをねじ込む。それでも擦過傷は数多かった様子で、投影コンソールは機体各部に異常過熱が発生しているのを示した。


「こんな機能が!」

「いいことを教えてやろう」

 スレイオスの声がレーザーに乗って周囲に放たれる。

「『レギューム』とは現地語で『さや』を意味するそうだ。なるほどぴったりではないか!」

「さや?」

「豆かよ」


 狼の哄笑に重なって友軍機からの驚きの声も聞こえる。たしかに今のレギュームの状態はマメ科の植物の莢に似ている。


(これは回避が難しい武装だな。だがまったく短所が無いわけではない)

 ブレアリウスは即座に気付いた。


「全機、聞いてくれ」

 ナビオペユーリンに中継を頼んだ彼は吠える。

アレイグやつがこの機能を使わなかったのには理由がある。十字砲火クロスファイアは厄介だが一撃の出力は落ちている」

 装甲が溶解しててもおかしくないような擦過痕が過熱する程度ですんでいることから推測できる。

「消耗も激しいはずだ。それを見切られるのが嫌で使いあぐねていたと思う。遮蔽物でも利用してしのぎ切れば勝機はあるぞ」

 レギュームのエネルギー容量に限りがあるのはすでに判明している。


 彼自身も左腕のリフレクタとブレードグリップの光盾を使って受け流しながら説明している。何度も擦過傷を受けるが、機能不全に陥るほどではない。


「なるなる。冴えてるね、ブレ君」

 要領のいいエンリコが遮蔽物の影から答える。

「撃ち尽くしてあれを引き戻したところが狙い目じゃん」

「そうだ。堪えろ」

「だってよ、みんな」


 友軍機から了解が連鎖する。中破させられたロレフ機も建物の影を利用しながら応射をくり返していた。


(応射するだけでも違う。レギュームのリフレクタと砲撃は同時にできない。一時的にだが沈黙させられる)


 いくつかの短所を見出すことはできる。しかし、吹きつけるビームの豪雨が完全にやむことはない。


「そう思うのは勝手だ。だが分析が足りんなぁ!」

 再びスレイオスは高笑い。

「使わなかったのは貴様らを一網打尽にしたかったからである。その程度の対策で取り戻せんほどの差を思い知れ!」


 レギュームがアレイグを囲むように遷移する。円錐の先端を解放すると、全周囲に向けてクロスファイアの連射を放った。

 GPF機は慌てて身近な建造物の影へと入りこむ。しかし、建造物は回避すること適わず削られていく。そして、最初からダメージを受けていた軍本部ビルが半ばから折れて倒壊する。


「むぅ!」

「マズっ!」

「気を付けなさい!」


 粉塵が視界を閉ざす。その間もクロスファイアは空間を蹂躙していた。


(堪えてくれ)

 狼は祈る。


 が、願い虚しく粉塵が風にさらわれたときには中破したアームドスキンが量産されていた。

 コクピットを焼かれて倒れ伏す機体。爆炎が舌なめずりをしたかと思うと爆散する機体。使えなくなった腕や脚の残りをパージする音が周囲を満たす。


「こ……れは……」

「マズいマズいマズいマズい! ブレ君、こいつはいよいよヤバいよ!」

 なんとか健在の優男の意見。

「あたしもなんとか躱しきったけど、冷却ジェルの損耗が60%超えてる。今のを何度もしのぎ切れないよ」

「ぐ……」

「一度撤退するよう具申すべきじゃない?」


(メイリーの言うことは理解できる。だが、ここで一旦立て直したところで優位は取り戻せん。次に前に出る友軍機の犠牲が増えるだけだ)

 アレイグとの性能差をそう読みとる。


「やれることは一つしかない。俺が囮になるから隙を窺ってくれ。奴は動けないのだから一撃で決まるはずなんだ」

「あたしに賭ける気?」

「無事なレギ・ファングは君だけだ」


 惨状にGPF機が動けないうちにレギュームのチャージを行っている。エネルギー切れを期待するのも難しい。


「行くぞ」

「ちょおっ!」


 応えを聞く間もなくブレアリウスは飛びだす。このチャージの隙間を利用しない手はない。


「その程度で俺は抑えられんぞ!」

「強がりを言うな!」


 まったく目算が無いわけではない。闘志は衰えていないと見せて挑発するつもりだった。ところが引っ掛かった声の主はスレイオスではない。白狼ベハルタムのほう。


「貴様にはもうなにもできない! これが本当の差だ!」

 興奮した声が響く。

「先祖返りなんぞに負けるはずがない! 圧倒的な力の差をもって叩き潰してやる!」

「やってから言え!」

「そうする!」


 レギ・ソードはトリプルランチャーの両手持ち。迫るレギュームに順繰りにバーストショットを送りこむ。それで射線をずらして躱していた。

 半周すると追ってくるレギュームの数が増えていく。相手の視線を奪う分だけ勝機も増していくのだ。


(行ってくれ!)


 メイリーのレギ・ファングが一気に加速。アレイグの背中へと突き進んだ。


「見えていないとでも思ったかぁ!」

「な!」


 くるりと振り返ったアレイグがメイリーに正面を向ける。胸の中央に巨大な砲が口を開けた。


「ちぃっ!」

「メイリー!」


 ペダルをいっぱいに踏み込んだレギ・ソードがその前に入りこむ。両腕のリフレクタを全開にしてかかげた。表面が青白いビーム光で染まる。殴られたような衝撃があった。

 リフレクタがタイムアウトで消える。トリプルランチャーが両方とも赤熱。危険を感じた彼は吹きとばされながら放りだす。ランチャーの誘爆がさらにレギ・ソードを突きとばした。


「がぁっ!」


 背中を打ちつけた軍本部ビルがさらに崩壊する。視界をがれきが埋めていく。


「ブルぅー!」


 最後に聞こえたのは少女の声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る