人狼たちの戦場(18)

「れ、レギ・ソード、沈黙!」

 担当通信士ナビオペの悲痛な声。


(参りました)

 思っても口には出せない立場のサムエル。

(あの機体抜きでアレイグの攻略は可能でしょうか?)

 頭脳をフル回転させる。


 難しいと思えてしまう。まだ戦闘可能か確認したいところだが術がない。ふと気付くとシシルはまだブースの隣に立っている。


「貴女がいるということはレギ・ソードは健在ですか?」

 青いアームドスキンと回線がつながっているということ。

『いいえ。今はアレイグを経由しております。ですがレギ・ソードの制御部は破壊されておりませんわ』

「そうですか。状態は?」

『あまり良くはありません』


 彼女は平然としている。なにかを待っているかのようだ。しかし、一人取り乱している少女がいる。


「ブルー! ブルー! 答えて、ブルー!」

 ずっと呼びかけている。

「博士、がれきの下ではレーザー回線が通じません。今は脱出の努力をしていると信じましょう」

「でも!」

「現状を教えてください」


 デードリッテのブースは常時レギ・ソードの状態をモニタしていた。彼女に訊くのが一番正確だ。


識別信号シグナルは微弱ながらキャッチしてます。回線不通で機体モニターは切れてます」

 半泣きのか細い声で答えてくる。

「最終データは?」

「68秒前。リフレクタ発生器の過熱と、機体損傷を予測できるほどの衝撃を計測して終わってます」

「なるほど。アームドスキンは少々損壊した程度ではがれきに埋もれても駆動しなくなるとは思えません。反応がないのはおそらくブレアリウス操機長が失神しているのだと思いましょう」


 彼女は小さく頷く。その程度では元気づけるのは無理だろう。


(余談が許される状態ではありません。アレイグを止めなければ味方に被害が増えるだけです)


「状況を」

「アレイグ近辺の戦力は残りわずかです。ロレフ機も粘ってくれていますが、これ以上の戦闘継続は困難でしょう」

 タデーラも苦渋の報告をしてくる。

「増援を投入しますか?」

「いえ、やめておきます。対抗可能そうな主要戦力は投入したのですから」

「では?」


 サムエルは決断を迫られる。


   ◇      ◇      ◇


「メイリー隊長、レギ・ソードを回収して帰投してください。アレイグ撃破は諦めざるを得ませんが、以降の対抗手段としてブレアリウス君は不可欠です。無理を承知でお願いします」

「もちろんです、司令。あたしは編隊機を見捨てて逃げ出すような女じゃありません。必ず回収して戻ります」

「どうかよろしく」

 直接通信は切れる。

「どうすんの、リーダー? レギュームがビュンビュン飛びまわってる中でレギ・ソード掘りおこして帰んなきゃなんなくなっちゃったじゃん」

「やるの。レギュームの相手はするから、あんたががれきを掘りなさい。見つけたらさっさと逃げるわよ」

「へいへい、やっぱそうなるよね」


(ブルーはあたしを庇って吹きとばされちゃったんだもの。今度はこっちが庇う番ってこと)

 警告だらけのレギ・ファングを影から飛びださせる。


 即座にレギュームが殺到してきてビームの雨を降らしてくる。あまりの激しさに視界が空色に染まるほどだ。こんな状態でブレアリウスは引きつけていてくれたのかと思うと心が痛んだ。


(絶対に連れて帰るから!)

 意を決して応射するがリフレクタの壁が築かれ阻まれる。


「くぁっはっはっはぁー!」

 哄笑がこだまする。

「潰してやったぞー! 生意気な先祖返りもこれで終わりだ! ふぜいが逆らうからそうなる!」


(これがあの白狼? どれだけ溜まってたのよ)

 人格が変わったかのように吠える。


「難渋の立場から這い上がってきた者の強さを思い知ったか! これでこのベハルタムが宇宙最強だ!」

 とんでもない豪語をはく。

「まずはうるさい子虫どもから血祭りにあげてやる。墜ちろよ!」


 横殴りの雨のようなビームがリフレクタを叩く。路面にしゃがみ込んだレギ・ファングが圧力に抗しきれずにずるずると後退する。ちらりと見るとエンリコも似たような状態でがれきの撤去などできない。


(このままじゃ無理)


「猿なんぞ皆殺しだ。手始めに軟弱なアームドスキンを屠って、次はあの戦闘艇か? あとは邪魔な艦隊も全部沈める。このアレイグでな!」


 ベハルタムが狂ったように吠えるのをメイリーは耳にしていた。


   ◇      ◇      ◇


(皆殺し……?)

 そんな言葉が狼の脳裏に響いてくる。

(誰が殺される? 俺か? メイリーやエンリコか?)


 多くの顔が脳裏をよぎる。ユーリンやタデーラ、サムエル、ウィーブ。戦友とも呼べるマーガレットやザリ、ロレフも。良くしてくれたミードや気遣ってくれたアマンダ医師の顔も。


(お前は何をしている。寝ている場合か。お前が生きていていいと言ってくれた人間が殺されようとしているのに、呑気に気を失っているというのか?)

 亜麻色の髪の少女の命さえ奪われようとしている。

(絶対にやらせん!)


『サイレベルが基準値に達しました。Cシステムを起動します』


 システムナビが伝えてきた。


   ◇      ◇      ◇


「エンリコ、あたしを拾いなさい」

「なになに、なに言ってんの、リーダー?」

「今からレギ・ファングの対消滅炉エンジンを暴走させるから、がれきのほうに放るの。あんたは脱出したあたしを拾ってから爆発で出てきたレギ・ソードも引っ掴んで一気に逃げるのよ」


 付き合いの長い優男が絶句する。メイリーはそんな賭けをするタイプじゃない。


「どこにブレ君が埋まってるか分かんないのに?」

「そこはあんたに任せるから。勘で当てなさい」

「無理むりー」

 悲鳴をあげる。

「やんなさい!」

「だってって……、それ!」


 ダメージを受けていたレギ・ファングの左肘が火花を発したかと思うと垂れさがる。リフレクタも消えた。


「げ!」

「リーダー!」


 エンリコのゼクトロンが横っ飛びで機体ごとさらおうとする。しかし、ビームは無情にも彼らを襲う。


 二人の前に花が咲いた。

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