人狼たちの戦場(15)

 50mはあろうかという機動兵器が浮いている。そこまでいくと人が動かす機械というよりは像に近いものではないかと感じられた。


 無機質な灰色は曇天の空に馴染み、アゼルナを象徴する畏怖の偶像のごとく。防御フィールドの薄い泡のヴェールに包まれ、煌々と輝くカメラアイだけが異彩を放っている。


「惑星規模破壊兵器……」

 サムエルが唇を震わせながら尋ねる。

「それは惑星でも破壊できるほどの兵器という意味でしょうか、シシル?」

『ええ、惑星規模の天体であれば破壊と言えるだけの効果を及ぼすことができる兵器ですわ』

「そんなものを貴女は……、いえあなた方は?」

 美女はこくりと頷いた。


(持ってるんだ、そんなとてつもない兵器を! だから彼女は自分を破壊するよう再三にわたって警告してきた。簡単に人類の手に渡らないように)

 デードリッテは瞠目してシシルを見る。


「ここは危険ですか? いや、使用されたらここどころかアゼルナ近傍全てが危険宙域になりますね」

『いいえ』

 ゼムナの遺志は危機感を覚えさせない。

『あれは器です。本来の兵装を施されていませんので、この惑星アゼルナを破壊するのは不可能でしてよ。安心なさって』

「驚かさないでいただけますか」


 緊張に固まっていた皆の身体が弛緩する。誰ともない吐息と、小さくシートが鳴く音が奏でられた。


『ただし、器だけでも油断はなりません』

 シシルが戒めてくる。

『それほどの兵器を運用できる出力を有しておりましてよ。あのように防御フィールドを張るくらいは余裕ですわ』

「あれは一時的な機能ではないんですか。厳しい敵であることに代わりはないんですね」

『もちろん、出力を攻撃に振りわけるのも可能です』


 ゴート遺跡が『リューグ』と呼ぶ巨大兵器の背から七基のレギュームが射出された。先の一基と合わせて八基となる。危険を察知したGPF機は瞬時に散開してリフレクタを突きだす。ビームの弾ける反動で後退を余儀なくされた。


「よくもワッキムをー!」

「よせ、ダレイナ!」

 軍本部ビル前の部隊の交信はONにされている。

「でかいのなんてビームが当たりやすいだけじゃない!」

「不用意に飛びだすな! あれは例の機動砲架だ!」

「だからってリフレクタを貫けるわけじゃ……」


 対峙するレギュームに力場盾リフレクタをかかげて突進する一機のゼクトロン。ビームを弾きながら前進するが次の瞬間には別の砲架が背後にまわりこんで直撃を受ける。


「正気か! 対消滅炉エンジンを射抜けば!」

「総員、防御姿勢!」


 ロレフの号令で全機が降り立つと同時にダレイナ機が爆散する。誘爆の炎は軍本部ビルの窓をほとんど破砕し、建物そのものにひびを入れる。傍目に分かるほど揺れていた。


『あれはオポンジオが搭載していた型の進化形です。あまり距離は取れませんが、電波誘導方式なので自由度は跳ねあがっていますよ』

 シシルは無情に告げる。

「ケーブルは無いわけですか。広範囲展開は不可能だとしても、急所は一つ失われているのですね」

『はい。アームドスキンではリューグに敵いません。戦力を下げることをお勧めしますわ』

「しかし、ここで撤退するのは……」

『わたくしの子、ブレアリウスにお任せなさい』

 シシルは進言してくる。


 最前よりユーリンもメイリー編隊に呼びかけていた。すでに動いているはずだ。


「ブルー、聞いてた?」

 直接問いかける。

「こっちでもシシルにレクチャーを受けている。下がってもらってくれ」

「無理……、ううん、お願い。あれを止めて」

「待っていろ」


(見るからに危険な機動兵器。行かせたくない。でも、ブルーはみんなを死なせないために行ってしまう)

 それが分かっているだけに言葉にできない。


「メイリー編隊、来ます」

「お願いしてください。各機、レギ・ソードの援護を」

 通信士ナビオペが一斉にマイクに噛みつかん勢いでしゃべりはじめる。

『通信が入っています』

「システム、誰ですか?」

『当該機体からのレーザー通信です』


 中継子機リレーユニットが受信したものらしい。乗っているとしたらレギュームの扱いを知っているベハルタムだろう。あの白狼が話しかけてくるとは意外に感じた。だが、デードリッテの予想は外れる。


「サムエル・エイドリン、勝負あったな」

 投影パネルの相手はスレイオス・スルドだった。

「当該機体? それに乗っているんですか?」

「そうだ。この『アレイグ』が起動したからには貴様に勝ち目はないぞ。今なら撤退する時間をくれてやろう」

「聞けませんね。見逃すというからには、そちらは時間を必要としているということ。動かせるのはその一機だけ。時間を作れれば、その『アレイグ』を複数機用意できるからでしょう?」

 金眼の狼は軽く牙を剥く。

「油断ならん奴だ。だからとて撃破するのなど不可能。私が乗っている意味を考えてみろ。ここが最も安全だからだ」

「おそらく、それだけでもないんでしょうけどね」

『サポートをしているのですわ。一人でレギューム八基を制御するのなど無理ですもの』


 通信パネルでも複座になっているのが分かる。スレイオスの膝元で動いているヘルメットはベハルタムのものだと思われた。


「このおしゃべりめ」

 好戦的に耳を寝かせる。

「こうしてやっても平気か、脳髄もどき」


 開口部からアームが伸びて5mの球体が持ちあげられる。それはアレイグの背面に接続された。


「シシル! なんてことを!」

「はーっはっはっは! 攻撃できまい! 貴様らはこの高慢な女が大事で仕方ないんだからな!」


 デードリッテの悲鳴をスレイオスが打ち消した。

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