人狼たちの戦場(6)
ハテルカヌ市の戦闘は、徴兵に赴いてきた国軍にハテルカヌ支族が反抗して起こったものだった。一部支族兵からその情報を得たサムエルは即座に行動する。
「我々
警戒している支族軍のアームドスキンと幾分か距離を置いてゆっくりと飛行するGPF機のスピーカーからその告知を触れてまわらせた。それで一旦は戦闘状態は解除される。
「思ったより被害がひどいですね」
アームドスキンのカメラ映像を見た彼は表情を引き締める。
「建造物の崩壊等も各所で見られますね」
「人的被害もありそうです。次の便で艦隊の軍医を動員しましょう」
「はい。では最低限を残して補給便のジーレスに搭乗してもらいます」
タデーラが意図を汲んで手配してくれる。
本隊八機のジーレスに、警備部隊が随伴した六機二組のジーレスが艦隊との補給線を繋いでいる。アームドスキン隊を都市から離して駐機させると、待機状態にしておいて定期補給便のジーレス六機を待った。
「あと二時間で到着するそうです」
「では始めましょうか」
サムエルは数機のアームドスキンを飛ばせると再び告知をしてまわる。今度はハテルカヌ市そばに設置した臨時キャンプで治療と非常物資の配布をするというもの。星間憲章に謳われた正規の救護活動である。
「どうでしょう?」
「衝突がないことを祈りますが、多少のトラブルは致し方ないかと思います」
彼が尋ねるとタデーラも現実的な予想を立てていた。
「警備を立てるのもなんですしねぇ」
「もしもの時は設備を放棄してでも逃げるよう周知しておきましょう」
「それくらいですね」
告知から二時間、出足は鈍いものの三々五々とアゼルナンが集まってくる。彼らにとってもやむに已まれぬ状態だろう。病院もかなりの損害を受けていて、まったく手が回らないと思われる。
「警戒されてますね」
「厳しいでしょうか」
「待ってくれ」
医療スタッフが駆け寄ろうとするのを制する。
「薬だけ出してくれればこっちで何とかする」
「あなたは医師ですか? その子は明らかに専門的な治療を必要としているように見えますが」
「信用できない」
医療スタッフの呼び掛けは拒まれた。
「他意はありません。救える命を救わせてください」
「…………」
「どうか」
近付いてきた彼らは医療スタッフに委ねる。子供の苦鳴に耐えきれなかったようである。
スタッフが集まって救命治療を施しはじめると不安げな様子を見せる。しかし、子供はほどなく安らかな寝息を発するまでに回復した。
「なんとかなりそうですね」
「ちょっと安心しました」
それを見た市民が群がってくるようになった。軍医たちは分散してそれぞれの治療にあたる。空気は多少和やかなものに変わっていった。
(いくらかは距離を縮められましたか。無駄な敵は作りたくありませんからね)
サムエルは車内で一休みする余裕ができた。
◇ ◇ ◇
「集まってるの?」
デードリッテはやってきたユーリンから情報を得る。
「割といい感じ。お互い、おずおずとしながらだけどね。大きなトラブルは起きなさそう」
「よかった。こんな気候の中、怪我をして住む場所もなくなったら大変だもん」
先にブレアリウスたちと合流していた彼女が温かいマグカップを渡すとブレアリウスは「ありがとう」と言って受けとる。自分のマグカップに口を付けて温かい飲み物を味わった。
昼日中でも気温は8℃。フィットスキンを着ていれば凍えたりはしないが、狼と身を寄せ合っているとちょうどいい塩梅。
「これで仲良くなれればいいね?」
人狼に笑いかける。
「難しいだろう。今はいいが」
「え、無理かな?」
「そんな距離感だと、おそらく時間が経てば考えが変わってくる」
諦めを口にする。
「どんなふうに?」
「また施しを受けた。
「そっかぁ……」
悲しくなる。
(どうしようもないのかな。アゼルナンと人間種は埋められない溝を持ったまま少し離れて歩いていくしかないの?)
デードリッテとブレアリウスのように力を合わせて生きていくことはできないのだろうか。
『努力は無価値ではないかしら』
シシルのアバターが眼前まで降りてきて言う。
「努力……」
『積み重ねていくことで信頼は築かれていくものではなくて?』
「そうだよね。なにもしないで諦めちゃったら始まらないもん」
人狼にもちょっとずつちょっとずつ近付いて想いは通じた。シシルは同じことだと言いたいのだろう。
「やってみるか?」
狼が問いかけてくる。
「俺よりは君が訴えたほうがマシだろう」
「とりあえず話してみたい」
「分かった」
立ち上がったブレアリウスに腰を押されてレギ・ソードへと向かう。ここからキャンプまではいささか距離がある。
(どんな決着を迎えるにせよ、この紛争がなにも生みだせないまま終わるは面白くないもん)
デードリッテは浮き上がったアームドスキンの中でそう考えていた。
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