人狼たちの戦場(7)

 青いアームドスキンが接近すると市民たちが警戒する。子供や怪我人を後ろにかくまいつつ険しい視線を投げかけてきた。医療スタッフも煙たそうな面持ちで見てくる。


「ちょっとだけいいですか?」


 開いたアンダーハッチの上にヘルメットを脱いだデードリッテが立つ。危険だなどと全く考えないまま無造作に。


「お願いがあって来ました」

 祈るように市民を見つめる。


(どう伝えれば分かってもらえるんだろう?)

 迷うが、そのままの気持ちをぶつけてみることにする。


「これは単なる善意です。星間憲章に謳われた義務でやっているのではなく、人と人が助け合ってこそ発展してきたから憲章として謳われることになったのです。だから施しなどとは思わないでもらえませんか?」

「……信用できない」

「無理でしょうか」

 声をあげた男は耳を横に寝かせる。

人間種サピエンテクスは笑って手を差しだす。それを握ると反対の手で奪っていく。その結果がこの紛争だ」

「そんなことは」

「ないとは言わせない。現実に俺たちアゼルナンは広い宇宙の一角に封じ込められてきた」


 卑屈な考えであるが、それが歴史として、教育として受け継がれてきているのだろう。考え方の基盤になっているものは簡単に揺らがない。


「わたしたちは間違った手の繋ぎ方をしてしまいました。だから今切れてしまっているんです。もう一度、最初から始めてみませんか?」

「すぐには難しいって。あんたたちの考えていることが解らない。恐るおそる関わったって、また騙されたりしたら今度はどっちか滅びるまで戦うしかなくなる」

「すぐにとは言いません。少しずつでいいからちゃんと向き合ってみましょう?」

 諦めきれない。

「ここのお医者さんたちには感謝してる。あんたも信用できそうだとも思う。でもよ、人間種全体を信用はできないんだよ」

「なにを怖がっている。あんたらは臆病者か?」


 ブレアリウスが顔を覗かせる。ヘルメットまで脱げば遠目にも彼の正体が知れたようだ。先祖返りがGPFにいるとは知っていただろうが、本人の登場に市民たちがざわめく。


「お前……」

人間種サピエンテクスとの付き合い方を教えてやる」

 耳をピンと立てて自信ありげに告げる。

「なに一つ難しいことはない。『ありがとう』。たったこれだけだ。これだけちゃんと言えれば困らん」

「そんなのは当たり前だ!」

「言えるか? 言ったか? 目の前の人間種相手に。俺なんぞにもできることが、あんたはできてないんじゃないのか? それを臆病以外のなんだという」


 男は息を飲む。あまりに簡単なことができていなかったことに気付いたからだ。心の中で思ってはいても、相手の目を見てきちんと「ありがとう」が言えていなかった。


「……ありがとう」

 医療スタッフに視線を移すとはっきりと言った。

「どういたしまして。お気になさらず緊急物資ももらって帰ってくださいね」

「本当にありがとう」

「いいえ」

 狼は後悔と感謝の涙を流しながら看護師の手を取った。


 そんな光景がそこら中で展開する。ありがとうがそこら中に溢れ、空気が一気に変わって笑顔までもが生まれはじめた。


「感謝を告げて匂いが変わるような奴とは付き合わなければいい。そいつは最初から善意じゃない」

 腹に一物ある人間の見分け方を教えている。

「分かったよ。お前にもな、ありがとうよ」

「なんてことはない」


 ブレアリウスはそそくさと操縦殻コクピットシェルに戻っていく。恥ずかしいのかもしれない。


(わたしが困ってるのを見かねて頑張ってくれたんだ。もしかしたら批判の的になるかもしれないのに)


「ブルー!」

「なんだ?」

「素敵」


 膝に上がりこんだデードリッテは人狼の首に手をまわして長いキスをした。


   ◇      ◇      ◇


 ちょっとした騒ぎに注意を引かれ、車外に出ていたサムエルは肩を震わせていた。非常に愉快なやり取りだったと思う。


「面白いものですねぇ」

 同じく経緯を見ていたタデーラに話しかける。

「彼と出会って一年余り。こんな短い期間でこれほどまでに成長した人を他に知りません」

「私もです。ディディーが羨ましくなるくらい」

「素地はあったんでしょうが、博士や色々な方との出会いがそうさせたんでしょうね」

 しみじみと言うと、彼女がくすくすと笑う。

「他人事みたいにおっしゃらないでください。司令も間違いなくそのうちのお一人ですよ?」

「そう願いたいものですね」

「また、そんな」


 老成した言葉遣いを指摘される。この参謀には作戦に関することより人間性について言われることのほうが多い。


「司令もまだお若いんですから、いくらでも変わっていくと思います。それこそブルーみたいな人の影響も受けて」

 これがなかなか心に響く。

「そうかもしれません。僕ももうちょっと真剣に生きてみたほうがいいでしょうか?」

「コーネフ副司令とかキーウェラ戦隊長とか、師は結構いると思います」

「なるほど。じゃあ頑張って、誰もに好かれる司令官を目指してみましょう」


 柄にもないことを言ってしまって少し恥ずかしくなる。軍帽を目深にして表情を隠した。


「微力ながらお手伝いいたします」

「明解な助言です。君はパートナーとしての資質に優れているみたいですね?」

「あら、私、口説かれてます?」

「それに関しては、もう少し考察が必要かもしれません」


 言葉は濁したが、サムエルは彼女にも「ありがとう」を伝えたかった。

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