反骨の行方(7)

 風の流れが収まった。エアが無かったのはカーゴルームに限定されていたらしい。


「あなたは!」

「久しぶりだな、金髪の猿」


 隔壁を操作した人狼は、その金眼を煌々と輝かせている。しかし、そこに熱意はない。どこか達観したような色を帯びていた。


「スレイオス・スルド」

「邪魔をする。そこの老いぼれがあまりに聞き分けがないものでね」

「それは、まさか!」


 彼が同乗してきたアームドスキンが固定アームをむしり取って5mほどの球体を抱えあげようとしている。おそらくそれがシシル本体であるはず。


「何をする気です?」

「なにもかにもない。現状を維持するだけである。誇りある人狼族アゼルナンは敗北などしていない。よって停戦など不要」

「スレイオス、貴様、勝手を!」

 テネルメアがいつにない気迫をみなぎらせる。

「黙れ、背信者よ。民族の期待を裏切り、猿どもに身売りしようとした愚か者」

「拾ってやった恩を仇で返すか!」

「異なことを。お前が捨て去ろうとしている責務だけは受け継いでやる。民族を銀河の覇権へと導くことだけはな」


 アームドスキンが対人レーザーを使って護衛を薙ぎ倒す。それが自分の役目とばかりにレーザーガンを構えたスレイオスが老狼に連射を浴びせた。焦げ跡だらけになったテネルメアはビクリと痙攣するとそのまま崩れ落ちた。


(この男、歯止めが利かなくなっていますね)

 焦燥で汗がにじむ。


 機動兵器が相手では機甲隊員は二人を守るので手一杯。携帯式の防護盾を展張させて彼らの前に立ちふさがる。


「ご自分がなにをしたか分かっているんですか?」

「無論。奴が放棄した未来を私が現実にするだけ。導き手が変わったのだ」

「暴走ですよ。あなたは現実が見えていません」

 糾弾するが、元ハルゼト軍技術者は鼻を反らせるだけ。

「知らないのはお前のほうだ。勝利の鍵はすでに我が掌中にある」

「シシルですか。敵に回そうとしているのは極めて強力なゴート宙区の軍ですよ?」

「蹴散らしてみせよう。その時になってお前らは知るのだ。本当の力というものを」

 興奮してきたのか、牙を剥いてみせる。


(自分が革新者だと思いこんでいますね。危険極まりない。しかし、ここで僕にできることなど……)


 アームドスキンに対抗する戦力も、連絡する術もない。ウィーブが速やかな対処をしてくれるものと信じるしかできない。


「キーキーとうるさいだけだが邪魔なものは邪魔だな。お前にもここで死んでもらおう」

「く!」


 レーザーガンを向けられる。それくらいなら防護盾で防げるが、スレイオスの後ろにはオポンジオ。ビームランチャーを使用されたらそれまで。


(回線が遮断されていた? もしかして彼は乗員の一部も把握しているんですか? これは元より仕組まれていた決起だということ)

 予想を立てる。

(地上ではテネルメア議長の周囲を固めるポージフ支族に妨害されるので、決起の舞台をこのオルクコに設定したわけですね。シシルを奪われかねない危険まで冒して。ならば……)


「ビームランチャーは使えません! このまま撤退します!」

 サムエルは命じた。

「逃がすか!」

「ジーレスまで走りますよ」

「ベハルタム、撃て」


 実際にビームランチャーは使用されないがレーザーの出力が上げられた。防護盾はしばらく持ちこたえるも、徐々に溶解してしまう。盾に穴を開けた光線が機甲隊員までも貫く。

 連続する悲鳴に振り返ると彼の後ろの隊員は倒れ、別の隊員が駆け寄って助け起こす。間に入る護衛も次々と撃たれていった。


「死んでもらおう」

「司令!」


 台詞が交錯する。スレイオスの射線に参謀の身体も交錯した。射出されたレーザーがタデーラを焼く。


「あぐぅ!」

「ペクメコン参謀!」

 彼女の身体を抱きとめる。


 他の機甲隊員が再び壁を作る。しかし、レーザーの脅威が止んでいた。


「スレイオス、外の情勢が悪い」

「ちっ、仕方あるまい。お前は外に出てGPF機を蹴散らせ。私は同志を率いてオルクコを制圧する」

「了解」


 直近の脅威は去ったようだが敵地になったことに変わりはない。タデーラの身体を隊員の一人に託してサムエルも駆けはじめる。


「なんて無茶をするんですか、ペクメコン参謀」

「だって……、副司令に頼まれて……」

 呼吸が荒い。

「安静に。急ぎますよ!」

「は!」

「パスウェイが生きていると祈ってください!」


(いつも、あの男の後先考えない行動で計画が駄目になってしまいますね)

 本人は巧妙に仕組んでいるつもりかもしれないが。


 サムエルは皆を鼓舞して逃走した。


   ◇      ◇      ◇


 ボルゲンの放った真上からの斬撃をブレードで跳ねあげる。がら空きになった腹部へビームを送りこんで突き放した。

 無造作に後ろへと飛ばした肘で斬りかかるアルガスの頭部を粉砕。蹴り飛ばしてバーストショットでとどめを刺した。


(多少は減ってきたが)

 ブレアリウスは孤軍奮闘している。


 正式に攻撃命令はくだったらしいがメイリーたちと合流はできていない。完全に戦力が足りていないのである。ロレフ隊は司令官が脱出してくるまでジーレスから離れられない。


(オポンジオが来たということは奴の企みか)

 金眼の狼の顔が浮かぶ。


 だからと言ってなにができるでもない。先行して孤立したのはいかんともしがたいし、やってなければ意表を突かれた友軍はそれどころでないダメージを負っていただろう。


(なに!?)


 艦底のエアードームからオポンジオが出てくる。その右腕には球体が抱えられていた。ブレアリウスにはすぐになんだか分かる。


「お前、シシルを!」

「うるさい。黙って墜ちろ」


 オポンジオの背部から円錐が射出された。

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