反骨の行方(3)
シシルとテネルメアの盗聴会話をスレイオスに聞かせたアシーム・ハイライドは反応を窺う。それしだいでは方針を変えねばならない。
「困るんだよねぇ、こんな大事なことを勝手に決められちゃ」
耳は立ったままで反応が鈍い。
「事実上の国家元首。或る程度は国の方針を決める権利はあると認めなければならない」
「いやー、それだと彼女から何も引き出せなくなるよ。それで構わないのかなぁ?」
「私のほうから翻意を促す。お前は調査を続けていろ。呑気に構えているようだが、時間が有限であることを忘れるな」
表向きは
「じゃあ、君が彼女を説得してみるかい? 楽しみを奪われるのはつらいが、できるのなら任せてみるのも一興」
目を細めて窺い見る。
「つけあがるな。ここで貴様は生かされていると知れ。役に立たねば存在する意味などない」
「おや、偉くなっちゃったもんだね。エージェントとしてたっぷりとお土産を持ち帰ったから重用されているとでも? 言うほど結果を出せてないんじゃないかい?」
「貴様のように遊び半分ではないからな。私にはアゼルナンが優性民族だと証明する使命がある」
(あらら、ハルゼトからアゼルナにやってきて管理局への反意を疑われない環境になっちゃったからかな? 自我が肥大化する傾向にあるね)
スレイオス・スルドという男の印象が変わりつつある。
「口だけではない。テネルメアから譲歩を引き出してやる。待っていろ」
胡乱な目で見ていると放言を吐く。
「期待しているよ。こっちも結果を出せるよう善処するさ」
「言ったことはやってみせろ。
「はいはい」
手を振りながら部屋をあとにする。
(こいつと組むのも考えもんだね。まったくもってスマートじゃない。盲目的に突っ走ってるようにしか見えないね)
鞍替えしたいところだが、ずっとテネルメアの客分として振る舞っていたものだから伝手がない。他に有力者が出てきてくれないものかと思う。
アシームは肩を竦めながら恋しい彼女の元へと戻った。
◇ ◇ ◇
スレイオスが訪ねると、ポージフ支族長にして支族会議議長であるテネルメアは窓外を見て放心しているかに見えた。遠く立ち並ぶ山々の嶺を彩る雪景色を愛でる老人という体である。
「議長殿、お尋ねしたい義がある」
執務卓を軽く叩いて注意を促す。
「
「耳が早いのう」
「ご再考いただきたい。戦況が厳しいのは承知している。しかし、起死回生の兵器の投入が秒読み段階での講和など早計に過ぎるとは思われないか?」
説得を試みる。
「潮時とは思わんか?」
「どこがであろうか? 『アレイグ』が完成すれば
「それでどうなる? そのほうが説明してくれたあの
新兵器に関しては事前にテネルメアにも報告してあった。支族会議に希望をもたらすとともに、彼の有用性を認知させるため。
「それは難しい。だが、画期的な兵器であるのは間違いない。戦局をひっくり返すのなど容易いこと」
翻意させるのに十分な性能を有している。
「それなのに議長殿は猿どもに尻尾を垂れると申されるか」
「そのくらいのインパクトが必要なんじゃよ。いかに高性能なアームドスキンであろうと、運用をしくじれば張りぼてと大差ない代物になってしまうのじゃ。そのほうにフェルドナン以上の用兵ができるんかの?」
「任せてくれるのならば。それを手始めにして時間を得られれば、いずれは貴殿が望んだ物も用意してみせる。GPFを一撃で粉砕する兵器を」
執務卓に覆いかぶさるようにして迫る。耳を反りかえらせ、真剣な表情で訴えかける。ひと目見れば信じてもらえる自信があるのだが、はたしてテネルメアは一瞥もくれない。
「無理じゃよ」
諦めの台詞しか返ってこない。
「二年じゃ。それだけの時間をアシームに与えた。それなのに宝箱に眠っているはずの惑星規模破壊兵器は取りだせぬ。おそらく十年待っても二十年待っても無理なんじゃろうな。我らには過ぎた宝だったのじゃ」
「決断はひるがえしてもらえないのか。民族を率いる貴殿には、せめて交渉を引き延ばすくらいの努力はする義務があると考えるが」
「その間に何とかするとでも言うか? 長引かせたところでなにも得られぬわ」
考え直すつもりは欠片もないらしい。
「それより速やかに宝箱を渡してしまったほうが良い。こちらが譲歩したことで相手からも譲歩が引きだせる。管理局はそういった甘さを孕んだ組織じゃからの。技術者としては優れているらしいが、政治的なことでは未熟よの、そのほうは」
「残念ですぞ」
テネルメアは拳で卓を打つ。彼とて無念だと言いたいのかもしれない。しかし、諦めが早すぎると感じてしまう。
(まだこれからというところだというのに。しかも絶好の人質をこちらから差しだすだと? 愚行だとしか思えないぞ)
しかし、スレイオスに彼の決定を覆すような権力はなかった。
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