反骨の行方(2)
老けたなとシシルは思う。二週間ぶりに見たテネルメアは往時の覇気を失っているかのようだ。彼は溜息をついて管理卓の椅子にかける。
『どうかして?』
他に掛ける言葉もない。
「知っておろう? 戦況がかなり厳しいんじゃ。いや、もう終わっておるのかもしれんて」
『そうかしら。まだ最後の手段が残っているのではなくて? それとも
「あの奇人やハルゼト帰りの男は鼻息荒くしとるがの、所詮は兵器じゃ。あれを一つ二つ
(使い方次第ですけれどね)
彼女なら有効に活用する手段の十や二十は即座に計算できる。
(それ以前に心が折れているみたいですわ。今になってフェルドナンの偉大さが身に染みているのかしらね? わたくしにさえ読めなかったあの狼の思慮深さが)
老狼はしきりにヒゲをこねている。懊悩を隠すつもりも余裕もなさそうだ。
「そのほうを……」
ようやく顔をあげる。
「ゴート遺跡を無条件で引き渡すと言えば、統制管理国入りを回避できるじゃろうか? 管理局は飲むと思うかの?」
『率直に言って難しいのではなくて。アゼルナの星間法違反は一方的な侵攻による人権蹂躙ですもの。軍事行動を続けている限りは交渉の場も持てないのではないかしら』
「無論、講和の席での話じゃ。一定の監査は受け入れられたにしても、アゼルナンの誇りを捨てずにいられる自治の形は残さねばならんて。でなくば我が民族は妥協もできず、再び恨みを重ねるだけでしかないの」
現状は把握できているといえる。そのうえでテネルメアは妥協点を探っているように聞こえた。
『それはわたくしに言っても無意味ですわ。交渉相手を間違ってらっしゃるのではなくて?』
彼は迷いを打ち明けているだけ。
「そうじゃの。儂がやらねばなにも始まらんのぅ」
『よくお考えになって。なにが一番賢い選択か』
「うむ、つまらぬ時間を取ってすまんかったの。
彼女は了承する。本当はもう心が決まっていて、用件はそれ一つだけだったのは予想の範疇。
ただ、シシルにも、それ自体が独立系であるインターホンに盗聴機能が仕掛けられているなど知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
申し出そのものはサムエルにとって意外というほどではない。しかし、急にすぎる展開とも思う。
想定して準備していた地上戦をせずに済むなら望んでもいなかった結果。しかし、それほど戦力的に困窮しているとも思えない。どこにテネルメアの中でのレッドラインがあったのかは窺い知れなかった。
「アーフ軍司令の戦死ではありませんか?」
疑問を口にするとコーネフ副司令が答える。彼にとってフェルドナンは難敵以外の何者でもなかったのだろう。敵国の元首も軍の要と考えていたのではないかと主張する。
「考えてみてください」
手に持っていた軍帽をひらひらとさせる。
「たしかに部隊運用という面ではアーフ軍司令ほど怖ろしい相手はいませんでした。ですが、それは大規模戦闘に限ってのことです」
「そうですな」
「例えば地上戦闘でゲリラ戦でもされようものなら、その脅威度はほとんど個々の部隊の能力に依存します。立地や天候をいかに活かすかとかですね」
ウィーブも「解ります」と応じる。
「配置やタイミングに司令官の意図が含まれようとも、重要度は結構下がるんですよ。フェルドナン氏を欠いたとしてもさほど分が悪いとは思えません」
「戦略戦術面ではおっしゃる通りでありましょう。ですが精神面では別の話。まとめ役が不在となったとき、軍事的に各支族を統率できなくなって戦力として機能しなくなるのでは? 組織が細分化していればそのような事例も無きにしも非ず」
「テネルメア議長はそれを懸念していると? なるほど」
サムエルは自分が戦略戦術を重視するあまりに兵や各支族長の心理をおざなりに考えているのかもしれないと思う。元首の立場にある者ならば手に取るように感じられても変ではない。
「考えても始まりませんか。胸の内を尋ねたところで素直に答えてくれるはずもありませんし」
軍帽を卓の上に置き、両肘を立てて顎を乗せる。
「まあ、僕にできることといえば派遣軍の統率者として停戦交渉に応じるところまで。その後の講和の内容には触れられませんからね。それは事務方の管理局員にお任せしましょう」
「ですな。しかし、終わるときは呆気なく終わるものです。星間銀河の未来を占うアームドスキンの実戦投入が行われた紛争。どのような結末が待っているのかと思っておりましたが」
「いえ、十分にドラマティックでしたよ。銀河の至宝が前線に常駐したり、色々とトラブルを起こしてくれたり、果てはゴート遺跡との初コンタクトまでと盛りだくさんでした」
彼は「満腹ですよ」と付けくわえる。
「歴史に刻まれるであろう作戦に従事できたことを光栄と思って任地を去れますな。自分もこれほどの規模の任務にあと何度従事できることやら」
「まだ退役には早いですよ。もうしばらくは僕に付きあってくださらないと」
「ふむ、働き甲斐はありそうですな」
本当なら祝杯と行きたいところだが、二人が音を立てて合わせたのはお茶のカップだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます