第十五話

反骨の行方(1)

「逝ったか、フェルドナン」

 テネルメアは一人呟く。


 防衛艦隊が大損害をこうむったのは痛い。星間G平和維P持軍Fに拮抗する戦力はもうどこにもない。

 それ以上にアーフ支族長を失ったのが手痛い。彼は軍の支えにして基盤だった。本当に取り返しがつかない。


(気概を見せる者もおるじゃろう。新たな武門の担い手として手を挙げる者もな)

 損失を嘆く者ばかりではないはず。

(じゃが、あれの穴は埋められん。戦闘勘と戦術眼では右に出る者はいなかった。これからもそうは現れまいて)

 代わりは利かない。


 軍事において比類なき存在感を放っていた。テネルメアも宝箱の入手だけでは戦争に踏み切ったりしない。それこそ勝利を確信できるほどの兵器が手に入らない限り。

 下支えしていたのがフェルドナン・アーフという男。彼さえいれば多少の無理は利くと考えていたからアームドスキン実用化前から実力行使に出たのである。


(儂の鼻が利くうちに地保固めくらいはしたいと考え思いきってみたが、あれが敗れて命を失うなど予想だにしておらんかったわ)

 彼にとって盟友だった。欠いて成し遂げられようとは思えない。


「退き際、か」

 フェルドナンの遺した台詞が耳にこびりついている。


 立ち止まるタイミングとしてはもう遅い。だが、再起を願って尻尾を垂れるタイミングとしてはぎりぎりのところだろう。銀眼の狼には分かっていたのだ。


(儂にしかできんから、あのとき来たんじゃろうの)


 テネルメアはようやく盟友の真意が胸に落ちた。


   ◇      ◇      ◇


 戦闘中を除けばほとんど感情を露わにしない狼が、人前で恥も外聞もなく涙を流していたのは噂になった。

 パイロットならば、敵を口汚く罵るのは常識の範疇。彼のは可愛いほうだといえる。そう考えればブレアリウスが誰にでもわかる喜怒哀楽を示したのは非常に珍しいことと映ったらしい。


「お昼にしよ~」

「もうそんな時間か」


 当の本人はけろりとしている。いつものようにトレーニングマシンにべったりの彼は遠巻きに色々と囁かれているがどこ吹く風。


(もう心配なさそう)

 不安定な感じはせずデードリッテは安心している。狼の内心のほうは気になるが。


「メンタルは問題ないのよね?」

 同席したメイリーが訊いている。

「そっとしておいてあげたいのはやまやまだけど、編隊メンバーの管理もないがしろにはできないのよ」

「ありがとう。もう大丈夫だ。母も……、父も俺を認めてくれていた。悲しみをともにしてくれる人までいる。これ以上なにを望めという」

「うん」

 透きとおる青空の瞳が彼女を見る。


(ちゃんと届いてる。嬉しいな)

 満面の笑みで返す。


「うんうん、ブレ君も吹っ切れたみたいだね」

 付き合いの長いエンリコが保証するなら間違いない。

「生きていてくれればと思うが詮無いことだ」

「立場が違えばね。もう無駄にこじれたりとかしないですむよねー」

「亡くなってよかったみたいな言い方すんな! まったくあんたは!」


 メイリーが優男の頬をつねる。エンリコは人狼の気が軽くなるように言っただけ。意図的に悪役を買ってでて潤滑油になったのだ。


「いかんせん、やらねばならんことだけ増えていくのは敵わん」

 仔狼のアバターが消沈を表すように首を垂れる。

「あ~、お父さんにアゼルナンの未来を託されちゃったもんね」

「そんな話があったわけ?」

「あ、つい言っちゃった」


 司令官を始めとしたブース周りではモニターしていた会話でも、特に公表はしていない。だから狼が泣いていた話だけが独り歩きしている。


「構わん。秘密にする気はない」

 耳が少し前に寝ただけ。

「どうしたものか困っている。今できるのは紛争を終わらせることくらいか」

「まずは聞く耳持つ状態にしないと話もなにもないよね。フェルドナンさんは民族滅亡を気にしてたけど、星間管理局はそんな措置はしないはずだよ?」

「衰退、かもね」

 エンリコが切りだし、彼のアバターも傾注といわんばかりに挙手。

人間種サピエンテクスおそるるに足らず、みたいなテンションの反骨心だけじゃね。敗れて監督下に置かれたりすると、それを支配されたみたいに感じちゃって生きる気力を失っちゃうかも? 結果、徐々に衰退してっても変じゃなくない?」

「あんたにしては道理になってるじゃない」

『民族の精神的支柱を失ったと感じたときは不思議ではないと思えますわ』


 シシルの賛同まで得られた優男は鼻高々で親指を立てる。だが、女性陣の視線は尊敬のそれにはならない。


「自慢するなら打開策もセットにしてくんないかな~」

 彼女はじっと見つめる。

「だよね。ブルーはそれで悩んでるんだから戦友として知恵を絞りなさいな」

「そりゃないよ、リーダー。銀河最高峰の頭脳と呼ばれる女の子の前で披露できるような名案はないって」

「だったら軽々しく悪い可能性ばかり指摘するんじゃないわよ」

 エンリコのアバターは崩れ落ちている。

「あながち間違いでもあるまい」

「ブレ君……」

「打開策は俺が考えるべきなんだろう。精神性を理解している俺が」


(お父さんが託したのは、きっとブルーなら名案を生みだせるはずだって信じたからなんだもんね。一人で勝敗を決めるほどの戦術を組み立てて実行できるほど進化した自慢の息子なら)


 彼は自分で考えるだろう。助言を求められればいくらでも頑張れるが、見守りたいと思っている。


「困ったときは資金援助を頼んでもいいか?」

「それはちょっと考え直してくんない?」

 降参するエンリコに狼は肩を竦めて笑う。


 一皮むけた想い人にデードリッテは熱い視線を向けていた。

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